『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 後編エピローグ
薄暗く、肌寒さを感じる魔王城の最上階。
足元には、魔王の……マオの元に辿り着くまでに倒してきた魔獣や魔人の死体が転がっている。
跪く俺の身体には、先程の戦いで浴びたマオの返り血がついてしまっていることだろう。
とはいえ、ここに来た時にはすでにドロドロだったんだ。
その血がマオのものなのか、他の魔族のものなのかは、もはや見分けがつかなくなってしまっている。
俺の膝に頭を預け、冷たい石畳の床に横たわるマオは、もう長くはないはずだ。
本当は、こんな鬱蒼とした部屋なんかじゃなく、マオを明るい太陽の下に連れ出してやりたい。
しかしそれが許されるだけの時間は、おそらく残されていない。
「……あれから、ヤソの集落には訪れたかい?」
徐々に呼吸音すら弱まってきている中で、まさに〝最期の力を振り絞って〟といった様相で、マオが俺に語り掛ける。
一体何を聞かされるのだろうかと怖くなった俺は、かと言ってマオに嘘をつくこともできず、黙って口を引き結ぶ。
するとそんな俺を見たマオが、「ははは」と穏やかに笑った。
「相変わらずわかりやすいね」
そう言った後で「僕は、君のそういうところも好きだったよ」と付け加えるマオは、〈魔王:マオ〉ではなく〈俺の仲間のマオ〉のように見えた。
「あの集落を焼き払ったのは、僕なんだよ」
マオはそう言うと、あの集落で教祖が行っていたという悍ましい行為について、ぽつりぽつりと話を始める。
集落が魔族の居住区と隣接した土地にあることを利用し、魔人の子を度々誘拐していたことだとか。
あるいは、逃げ場のない住民達を強制的に計画に巻き込み、最終的には〝生贄〟として魔人の子殺しの犯人に仕立て上げていたということだとか。
「マモリの死に、あまりにも不審な点が多かったからね。君と別れてすぐ、真相を知るためにあの集落を訪れたところ、教祖の悪事が露見したんだ。だから教祖には、マモリや子ども達と同じ目に遭ってもらったよ」
おそらく、教祖は簡単には死ねなかったということなのだろう。
そんなことを話しながらも柔らかく微笑むマオを、俺は心底恐ろしいと感じた。
集落を焼き払ったマオは、そのまま檻に閉じ込められていた魔人の子ども達を引き連れて、魔族の居住区へと向かったらしい。
姿を変え、魔人の匂いがするという草を懐に忍ばせたマオは、すんなりと魔族に受け入れられたという。
……拷問し尽くした教祖の遺体を差し出したことも、おそらく魔族を信頼させる一端を担ったのだろう。
「魔人の匂いがする草?」
「そうだよ。檻に入れられていた子が教えてくれたんだ。『僕達の親に会うなら持って行け』って」
「あれがそうだ」と言って、マオは部屋の壁面を指差す。
そこには数多の植物が生い茂っていて、どれがマオの言う草なのかは、よくわからなかった。
マオがヤソの集落の滅亡や、魔王になるに至った経緯を語り終えたことによって、辺りは静寂に包まれる。
空気の音すら聞こえそうなほどに静まり返った部屋の中で、小さく上下するマオの胸元を、俺はただぼんやりと見つめていた。
そのうちにマオが、「目が見えなくなってきたよ」と呟いた。
「僕が生きていられるのも残り僅かなんだろうね」
マオはそこで言葉を区切ると、「最期の願いを聞いてもらえないかい?」と続ける。
「もちろん。何が願いだ?」
「暖炉の上に、頭蓋骨が置いてあるだろう?」
「ああ。あの、クッションの上に置かれているやつだな?」
「うん。あれを、人間界のどこか景色の良い土地に埋葬してやってほしい。マモリの遺骨なんだよ」
あの日、ヤソの集落でどれほど探そうと見つからなかったのは、マオが持ち帰っていたからだったのか。
「あんな酷い場所にマモリを置いておくわけにはいかなかったからね」
そう付け加えたマオに対して、俺は「……そうだな」と返しておいた。
心残りがなくなったのだろうか。マオは俺の返事を聞いて満足そうに頷くと、そのままゆっくりと目を閉じた。
そんなマオにばれないように、俺はこっそりと目元に浮かぶ涙を拭う。
はじまりの村から始めた俺達の旅が、こんな形で幕を閉じることになるなんてな。
そう考えると虚しくて、俺は嗚咽を堪えるのに必死だった。
「…………ねえ、ユウ」
マオのか細い声に、「どうしたんだ?」と答えると、マオは口元を緩めて「最期に君がいてくれてよかった」と言った。
「僕は魔族側についたことを後悔してない。でも、魔王の座に着いてからは常に孤独で、過去を恋しく思ったりもしたさ。それこそ、『他に道はなかったのか』と自問し、眠れない夜もあったんだ。……だから、こうして最期に君に会うことができて、僕は本当に嬉しいんだよ」
マオはそう言うと、「君と二人で、〝平穏な世界〟を手に入れたかったなあ」と続けた。
その言葉は俺に聞かせるためものではなく、ただの独り言みたいだった。
その後マオの口から零れ落ちた「ごめんね、ユウ」という謝罪の言葉は、聞こえないくらいに小さかった。
……マオはきっと、俺と交わした約束に囚われしまっている。
いくらマオが謝ろうとも、魔王となったマオがしてきたこと全てが、なかったことにはならない。
マオのせいで奪われた命も、消えてしまった土地もある。
それでも俺は、マオには心置きなくあの世に旅立ってほしいと思っている。
だってマオは、俺にとっては大事な仲間だったんだから。
「……許すさ。とっくの前に、許してた。マオと出会えて本当によかった」
俺のその言葉を聞いて、マオが小さく息を呑む。
しかしすぐに口元に笑みを浮かべると、「……ありがとうね」と答えた。
その表情は、ひどく悲しげなものに見えた。
マオはそれから数回浅く呼吸を繰り返し、そのまま静かに息を引き取った。
長期間に渡る人族との戦いに疲弊している魔界は、魔王の死という決定的な打撃を受けて、この後滅びることになるだろう。
俺達が目指した〝平穏な世界〟が、これでようやく訪れるのだ。
マオの遺体を城内に残し、俺は魔王城を後にする。
こうして俺は、マオと二人で始めた旅を一人きりで終えたのだった。




