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教祖に連れて行かれたのとは別の部屋……二股に分かれた分岐点を右側に行った先にある部屋に、ユウとマオを案内する。
おそらく、説法会に訪れた客の応接室、あるいは待合室として使われているのだろう。
こちらは先程の部屋とは打って変わって、地下施設とは思えないくらいに明るく、豪奢な家具が並んでいた。
教祖に〝説法会〟の実情を聞かされた私は、この部屋で踏ん反り返る趣味の悪い人間達の姿を、脳内にありありと思い描くことができる。
しかし今現在この部屋にいるのは、ぐったりとした様子の、数名の魔人の子ども達だ。
「なんということだ……」
事前に教祖の悪事について詳らかに伝えていてもなお、ユウとマオはこの部屋の様子を見て言葉を失っていた。
それくらい、魔人の子ども達はぼろぼろだった。
服はヤソの集落の住民のお下がりなのだろう。着古され、破れやほつれがある上に、サイズだって合っていない。
定期的に食事は差し入れられていたらしいが、それでも全員が不健康そうに痩せ細っており、髪はぼさぼさで、顔や手足には乾いた泥がこびりついている。
それだけではない。
私達を最も不安にさせたのは、彼らがほとんどなんの反応も示さないことだった。
簡単に逃げ出せる状況であるにもかかわらず、この部屋から出ようとする者どころか、立ち上がろうとする者すらいない。
神経毒の影響なのかと思ったけれども、どうやらそうではないらしい。
この部屋に移動させる際には、私の支えこそ必要だったものの、子ども達は自分の力で足を動かしていた。
だからきっと、精神的なものなのだろう。
虐待され続けた人間は、たとえ物理的に逃げられる状況になったとしても、逃げようとする意欲や実行力を失ってしまうと聞いたことがある。
扉が開け放たれた部屋の中で、拘束を解かれた魔人の子ども達は、ただじっと虚空を見つめている。
「……ここまでは、君が?」
無気力な子ども達を見て、悲痛な表情を浮かべながら、マオが絞り出すように発する。
「ええ。あの部屋は毒が散布されているってことだったから、とにかく避難させなきゃと思って」
私がそう答えると、マオは泣きそうな顔で「ありがとう」と言った。
マオに感謝されるいわれはないものの、他にどう答えればいいかもわからず、私は「うん」と返した。
空気の音すら聞こえそうなくらいに静まり返った部屋の中で、私の返事はよく響いた。
誰も言葉を発しないままに、どれほどの時間が経過したのだろう。
不意に部屋の隅から、啜り泣くような声が聞こえた。
声のする方へと視線を向けると、そこには人間で言えばまだ五歳前後であろうかという、一際幼い子どもがいる。
「お母さんに会いたい……」
そう言って静かに涙を流すその子どもを、私は思わず抱きしめる。
怖がらせるだろうかと思ったけれど、その子はぴくりと身体を震わせはしたものの、そのまま弱々しい力で抱きしめ返してくれた。
「必ず、私があなたをお母さんの元に帰してあげるからね」
私がそう言うと、その子はこちらを見上げて「本当に?」と尋ねる。
「ええ、本当よ。きっとお母さんも、心配してると思うわ」
「……なんでお姉さんが泣いてるの?」
そう質問されて初めて、私は自分の目から涙が溢れていることに気がついた。
「ごめんね、うちにも子どもがいるから、お母さんの気持ちを想像して悲しくなっちゃったみたい」
「お姉さんの子どもなの?」
「うーん……。血は繋がってないけど、本当の家族だと思ってる」
そう言った後で、私は「その子はね、人間と魔人の両方の血を引く子なのよ」と付け加える。
その途端、私達の会話を静かに見守っていたのであろうユウが「は!?!?」と驚愕の声を上げた。
けれども私はそれを無視して、目の前の魔人の子に向かって話を続ける。
「人間と魔人では、確かに見た目や能力には違いがあるわ。それでも、こうやって会話をすることはできるし、私はあなたのお母さんに共感もする。……そう考えると、根本的なところでは、私達の間にそれほど大きな違いはないんじゃないかな」
私の言葉を聞いて、魔人の子はわかったような、わからないような顔をした。
「……ごめんね、ちょっと難しかったよね。でも、大人になったあなたが、私と同じように思ってくれたら嬉しいな」
そう言って私が頭を撫でると、その子は安心したような表情を浮かべたのだった。
◇◇◇
「今後について、少し我々だけで話がしたい」
そう言うマオに促された私とユウは、現在魔人の子ども達がいる部屋の外にいる。
そろそろ部屋を出て十分程が経ったと思われるけれど、いまだにマオは口を開こうとはしなかった。
まあ、無理もない。
正しく気高いマオからすれば、〝集落の代表を務める人間が魔人の子どもを拉致監禁し、あまつさえ拷問ショーまで開催していた〟なんて話、すぐに飲み込めるものではないのだろう。
マオの気持ちが落ち着くのを待つ間に、私は私でできることをしておこう。
正直なところ、考えないといけないことは山ほどある。
教祖や説法会の参加者を、誰がどう処罰するのかとか。
あるいは、逃げ道を断たれこの残酷な計画の一端を担わされていたヤソの集落の住民の処遇を、どうするのかとか。
しかしそれらは一旦置いておくことにして、私は「どうやってあの魔人の子ども達を親元に帰すのか」についてを真っ先に考える。
心に深い傷を負ったであろう魔人の子ども達を、一刻も早く親元に帰してあげたいのだ。
それにきっと、あの子達の親も眠れぬ夜を過ごしているはず。
しかし、これは相当上手く事を進めなければ、大変なことになるだろう。
当たり前だ。人間が「魔族の子だから」と言って拐かし、「魔族の子だから」と言って拷問していたのだから。
下手をすれば、全世界を巻き込んで、人族対魔族の戦いが始まってしまう可能性だってある。
手に余る難題に、それでも解決の糸口を見つけようと頭を悩ませる私の耳には、いつの間にか周囲の音が入らなくなってしまっていたようだ。
そんな私を現実に引き戻したのは、「おまえそれ、どういう意味だ!?」というユウの焦ったような叫び声だった。
「……そのままの意味だよ」
「訳わかんねえんだけど。なんでそんな話になるんだよ!?」
「今の僕にとっては、それが〝一番正しい〟道だからだよ」
冷静にユウを諭そうとするマオと、そんなマオを睨みつけるユウ。
知らないうちに険悪な雰囲気を纏っている二人に対して、私は慌てて声を掛ける。
「ちょっと待って! 何があったかわからないけど、今は仲間内で争っている場合じゃないでしょ?」
私の言葉を聞いて、ユウが怒りの矛先をこちらに向けた。
「うるせえ! これが黙っていられるかよ!!」
ユウのあまりの剣幕に、私は思わず息を呑む。
『LOJ』内のユウは、マオに比べると感情が表に出やすく、口調も乱暴なところがあった。
しかしだからといって、訳もなく他者に怒鳴り散らすような人間ではない。
それは『LOJ』の主人公である〈勇者:ユウ〉に対する評価ではなく、私が関わってきた〈この世界に生きるユウ〉に対する評価だ。
「……何があったの?」
もう一度、今度は静かにそう問い掛けると、ユウは顔をくしゃりと歪めて泣きそうな表情をした。
「…………マオが、変なこと言うから」
「変なこと?」
そのままマオの方に視線を向けると、彼は涼しげな表情を浮かべていた。
しかし身体の横で握られた拳は、よく見れば色が変わっていて、相当強い力が込められていることがわかる。
「……何があったの?」
今度はマオに、ユウに向けたのと同じ質問をする。
するとマオは「変なことではないよ。ただ、『君とはここでお別れだ』と言っただけだ」と答えた。
………………「お別れ」?
マオの口から唐突に飛び出したその言葉に、私は頭のてっぺんから冷たい水をかけられたような気持ちがした。
だって、どうして。
マオがユウとの別れを決意するような場面なんて、私が見ている限りはなかったっていうのに。
しかし、ぐちゃぐちゃに乱される私の心情など知らないマオは、私とユウに交互に視線を送ると、そのまま大きく息を吸い込んだ。
そしてはっきりと宣言したのだ。
「僕は魔族の側につくよ」




