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「おい、アイ! 無事か!?」
そんな叫び声と共に、ヤソの集落の地下施設に現れたのはユウだった。
息を切らしながら鉄製の扉を開け放った彼の後ろには、マオの姿もある。
そしてそんな二人の視線は現在、部屋の中央にある舞台上に縫い付けられている。
「………………何が起こった?」
呆気に取られたようなその言葉が、ユウとマオのどちらが発したものなのかは、はっきりとはわからない。
「た……助けて……」
舞台上から二人に向けて助けを求めるのは、絶体絶命の私……ではなく、ヤソの集落の教祖だ。
手足に鉄球のついた枷をはめられ、動きを封じられた彼は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにさせながらも、拘束から逃れようと身体をくねらせている。
おそらくユウとマオは、いまだに状況が飲み込めていないのだろう。
それでも、助けを求める教祖に手を差し伸べるため、部屋の中に足を踏み入れようとする二人の姿を見て、私はついつい大声を出してしまった。
「だめ! 入ってこないで!」
その言葉で足を止めた二人に向かって、私は鉄扉の外を指し示す。
「扉のすぐ外側にある被り物、被った方がいいかも。この部屋、神経毒が散布されてるらしいから」
『そろそろあなたにも、効果が現れているのではありませんか?』
勝ち誇った表情で、教祖が私にそう告げたのは、今から一時間程前のことだった。
正直なところその時点では、私にその場を切り抜ける策なんてものはなかった。
「すぐに手が届くこの距離にあっても、教祖は余裕そうな表情を浮かべているのだから、きっとすでに私の身体は上手く動かないに違いない」
だから、腰に刺した剣を引き抜いた時も、私は半ば諦めの気持ちを抱いていた。
……そう、剣を引き抜いたのだ。
途端に、教祖の顔から血の気が引くのがわかった。
「な、な、な、なんで動けるんだ!?!?」
その場にへたり込み、手足をばたつかせて必死に後ろに下がろうとする教祖の動きは、まるでひっくり返った虫のよう。
その時の教祖は、先程までの威勢が信じられないくらいに、ちっぽけな存在に感じられた。
「すまない、助けてくれ! ほんの出来心だったんだ!! ずっと差別を受けてきたから、金持ちにちやほやされる快感に酔いしれてしまったんだ!!!!」
そうやって命乞いをする教祖に向かって、私は生まれて初めて舌打ちというものをした。
「知らないわよ。たとえあなたが不遇な人生を歩んできたとしても、無関係な人を虐げて良い理由にはならないわ」
そう言って一歩距離を縮めると、教祖はその場でダンゴムシのように蹲り、そしてべそべそと泣き出したのだった。
後はもう、説明するまでもないだろう。
逃亡を防ぐため、私は素早く放心状態の教祖の手足に枷を取り付けた。
だから教祖も自身の破滅を悟り、このような状態なのだと思う。
……まあ、枷と共に吊り下げられていた拷問器具を使って、ほんの少しだけ脅しもしたけれど、それは関係ないはずだ。きっと、多分、おそらく。
それらを掻い摘んで説明したところ、ユウとマオは揃って顔を引き攣らせた。
ちなみに、教祖の周りには私が脅しに使った数々の拷問器具が出しっぱなしになっていたけれど、彼らはそれについては何も聞いてこなかった。
「と、とにかく、アイが無事でよかったぜ!」
まるで話題を逸らすかのように、不自然なほど明るい声を出したユウが、続けて「でも、なんでアイは大丈夫なんだ?」と尋ねる。
けれどもそんなの、私だって知りたい。
「うーん……。私もよくわかんないんだよね」
「全くなんともないのか?」
「うん、全く」
自身の言葉を証明するために、私は剣を振るってアピールする。
これに関してはなんら脅しの意図はなかったのだけど、舞台の上の教祖は「ひいい……。もう勘弁してください」と怯えていた。
そのせいでユウからは、「おまえ、どんな脅し方したんだよ」と訝しげな視線を向けられてしまった。
「でも、確かに剣筋を見る限り、毒が効いているようには見えねえな。ひょっとしたら、教祖がそう思い込んでるだけで、今この部屋には神経毒が散布されてないとかか?」
「どうなんだろう? ちょっとユウ、その被り物とってみてくれない?」
「いや、おまえ……。検証方法が力技すぎるだろ」
そんなやりとりをする私とユウに向かって、マオが気まずそうに口を挟む。
「あー……。君も気がつかないうちに、毒に耐性がついているんじゃないかな? 定期的に摂取してるものの中に微量の毒が含まれていると、そうなることがあると聞いた覚えがあるんだ。心当たりはないかな? その……お茶だったりとか」
「お茶……」
……ケイが用意してくれる「アイ用」のハーブティーか!
つまり、つい先程教祖がドヤ顔で披露していた「長年少量ずつ摂取して、身体を毒に慣らしている」という行為を、私も知らず知らずのうちに行なってきたということだ。
「アイ用」であるにもかかわらず、口酸っぱく「勝手に飲まないで」と言われてきた理由に思い至り、私は開いた口が塞がらなかった。
なるほど。確かに、かつてケイは「僕はどんな手を使ってでも、アイのことを守りたいと思ってる」と言っていた。
だからきっと、賢く慎重なケイはこういった場面を想定して、私の身体を徐々に毒に慣らしていたのだろう。
私本人すら、知らない間に。
いやはや、目的がなんであれ、本人に知らせることなく毒を接種させ続けるとは、倫理的にいかがなものだろうか!?
そう思う気持ちが芽生えそうにもなるけれど、今回はそんなケイの〝見えない努力〟のおかげで危機を脱することができたのだ。
深く考えるのはやめにしておこう。
「まさかお茶のおかげで助かるなんてね。……それにしても、マオはよくピンポイントに理由を特定できたわね。私の家のキッチン、覗いたことあるの?」
たまたまであることなど当たり前にわかりつつ、私は冗談のつもりでそんなことを口にした。
しかしマオには通じなかったようで、彼は苦笑いを浮かべると、そのままふいっと視線を明後日の方向に向けた。
……いまだに口も聞きたくないくらいに嫌われてる、とは思いたくない。
そんな中で不意に、比較的和やかな空気を一変させるような緊張感のある一言が、ユウの口から発せられた。
「さて」
そのたった二文字で、先程まで軽口をたたき合っていたのが嘘のように、室内の空気が張り詰める。
「アイの無事が確認できたんだ、そろそろ本題に入ろうぜ」
真剣な表情のユウが、同意を求めるようにマオに視線を送る。
ユウのその視線を受けて、マオは「ああ」と頷くと、部屋の中をぐるりと見回し、そして私に問い掛ける。
「この地下施設がなんなのか、ここで何が行われていたのか。……なんとなく想像はつくけど、君から説明してもらってもいいかい?」
どことなく顔色の悪いマオからの申し入れに、私は「もちろん」と即答する。
そして、ヤソの集落で行われていた悪事について、ゆっくりと語り出すのだった。




