猫の正体
ルナが城に現れてから数日。このわずか数日は濃密でひと月ほど時間が経過したような気になる。深刻な異常気象から地震やら土砂崩れなど、それに関しては神の心があまりに乱れ不安定さが地上に災害をもたらしてしまっていた。神の力添えにより穏やかになってきてはいたものの地止め出来ても天から降り注ぐ雨は流れ、川となり濁流となり洪水までは防げたものの危険水準だった。
始めの変化は正しくその点だった。ルナが現れる日はどこか空気が澄んでいるような気がした。いつぶりかの晴天に心地よい風が快適さを運び、森では隠れ潜んでいた小動物が嬉しそうに走り回る。災害の後始末という膨大な仕事が待ち受けているにも関わらず気分は悪くなかった。
そして、ルナと過ごしはじめてからというもの、これまで適当にあしらっていた妃の位を欲する貴族や媚びてくる女に対し酷く嫌悪感を覚えるようになった。ルナの謙虚さやいじらしく思える内面に触れる度に奴等の醜悪さが滑稽なほど浮かび上がるのだ。結果、適当に遊べるような所謂都合の良い相手はいなくなった。身辺を綺麗にすると思いのほか清々しい気持ちで、もっとはやくそうするべきだったと思う。
ルナの正体は神の子どもだった。それも愛し子でこの世界の神々だけでなく他界の神々の想いをも一心に受けた……とんでもない子神だったのだ。
ルナにしてみれば寝耳に水といった状況で訳もわからず、状況を聞いた今でさえ混乱しているだろう。神から話を聞いていたルナの顔色は酷かった。始めは他人事のような感覚だったのだろうが段々と顔色が蒼くなり白くなり、そのまま倒れてしまうのではと不安になった。パニックに陥るルナを抱き上げ腕のなかで小さな体を抱き締めると震えながらも踏ん張り前に進もうと自分を奮い立たせているのだろうと表情と握りしめた手で嫌というほど感じた。
あんなに小さな身体で歯をくいしばり泣き声を殺そうとする泣き方には……こちらが涙をながしそうになった。ルナに付かせた者たちも彼女に好意的で、普段ならば大変気難しい者共が揃って幼子としか思えないルナを我先にと守り見守ろうと動くのだ。これは神だから、神力の影響などではないと断言できる。彼女の人柄が数日と短い時間のなかでもわかる程のものなのだ。
酷いもので忠実な部下に私が足蹴りされる程に……彼女は彼らの心をがっちり鷲掴みしているのだ。
ちなみに、フィーのことだが……。
執務室で仕事が一段落しこれまでを回想していたのだが、このフィーの足蹴りを思いだし溜め息となんとも言えない笑いが込み上げてくる。嫌な感情ではない。
サフィーロ・アンスガル・オリーン (20)
身長288㎝のスカイブルーの瞳に、黒髪ショートの美少年と形容できる童顔ながらも美しい男子なのだ。学もあり武の力もある文武両道な侯爵子息。猫の獣人ということもあり、マイペースというか何者にも振り回される事無く自分の意見をしっかり持つ事から扱いはかなり難しい。
立場上から警戒心が人一番強い彼は、突如現れたルナを警戒対象として当初は猫の姿で監視していたのだ。
監視に至っては、神との繋がりが判明した時点で解除されたのだが……思いのほかルナの事を気に入ったらしい。
『ルナ様には心のよりどころが必用かと思います』
『ならば、私がそれになるよ』
『はい。ですが、私がルナ様に癒しを差し上げる事が出来るかと存じます。私は猫ですので』
『……まあ、フィーは確かに聖猫の獣人ではあるな。だが、お前は成人男性。いつまでも他の男が……未婚の男女が行動を供にするなど……そ、それに、次期宰相候補のひとりに名が挙がる者を職務から離すのも忍びないしな……?
ルナに人の姿にもなれると……そろそろ教えても良いだろう?』
『……命令ならば仕方ありません。……が! 幼馴染として発言させていただきますと、まだ早い! まだ、ルナ様には私とのふれあいが必用です! ええ! ストレスを緩和するには動植物ですよ! 私はルナ様を守るという任務を成し遂げておりませんので、まだ、モフられ足りていません!
うぉっほん。とにかく、今だ不安定な面もあるルナ様に行動を共にして警戒心無く語りかけていた猫の正体が殿下の側近であり成人男性などと、お可哀想に……倒れられるかもしれませんので、まだ暫くは猫で護衛の任にあたらせて頂けませんでしょうか』
『お、おお。確かにこれ以上の心の乱れは現状、可哀相だな。だが、ルナに危険が迫ったときは人の姿をとり全力で守れ。
それと、あくまで現状だからな。お前は私の側近。暫くは……ルナの立ち位置が安定するまではルナの側近として従者を纏めよ。その後は、これまでの位置に戻るように!』
思わず勢いに押されたが、フィーの言うようにルナには警戒心無く思いを溢す誰かが必用だろう。それは自分でありたいが、そんなに信頼関係を強く固めるのは簡単ではないと自覚している。とはいえ、信頼関係は上手く構築され始めていると認識してはいるが。話を戻すが、人相手に溢せない思いを吐き出せる相手……それは動物だろう。フィーが人であり立場ある者と知らないから不安や愚痴など隠れた気持ちを吐き出せるのだ。面白くはないが、仕方ない。
もちろん、ずっと抜けられては此方が困るので期間限定ではあるが……こうして堂々とルナの身辺を護る猫は、主人(仮)=ルナを困らせている人物=アレクをペチッと愛らしく撃退するのだった。
『はあぁぁ』
再び大きな溜め息をひとつ。
明日はルナと庭園を散歩しようと心に決め、残る仕事をこなしていくのだった。
今日は先月の御詫びとして、もういちぺーじ!
これからも変わらずよろしくです。是非、柴の方も覗いてみてください。




