浮かびあがる目標
「ふんふふんふーん♪」
ひんやりとした風を腕捲りした素肌に感じ、寒い季節特有の土の冷たさを楽しむ。澄んだ空気には魔力が漂っているのだろうが生憎感じ取ることも出来ないため、ただ深呼吸して土の香りを身体中に取り込む。
「プルームルーツの苗木を植えて~栄養土を振りかけて~たっぷりお水を注ぎかけ~美味しい果実の木に育て~♪」
いつも植物を植えるときのように即興で歌を歌いながら愛情込めて作業を進める。このプルームルーツという樹木はグレープフルーツのような実のなる木で、柑橘の香り豊かな美味しい果実を絞って飲まれる物らしく貴族によく親しまれているらしい。
「はーやく実になれ大きくなーれー」
目を閉じ土に手を添えながら歌いながらイメージした成長過程から悠然と立つ実のなった木を頭に描き祈る
今朝、しばらく執務で忙しくて落ち着いて会えないからとアレクが贈ってくれた三枝のプルームルーツの苗木。そして、植物百科事典(字が読めないけど)。本はエリーさんに読んでもらい、グレープフルーツのようなものだと判明したのだった。
その後の行動は早かった。枝がしなびれるまえに植えようとわせわせと動き回り、植え終えると今度はスケッチブックとノートを手に“栽培レシピ”と題される記録を作成していく。
「今日と日付は…………、日付? そういえば、何となく生活していたけどわからないことだらけだわ……」
何となく数日も生活しているのに時間や日付をまったく気にしていなかった事に今更ながら愕然とした。そういえば海外に長期で滞在していると時間にルーズというか寛容的な性格が移ることがあるってテレビで聞いたことあったっけ。いや……でも、それほど時間にルーズな印象もないか……。うーん、まあいいか、あとで確認するとして、いまは観察記録作成!
「よっし! プルームルーツの苗木をスケッチして~、あぁ、栽培工程……土作りと植え替えの手順書いとこう。あとは、参考にした資料の名前とページ……でいいかな」
普段は新しく育てる植物のみ書き留める程度だったけど、お婆ちゃんが若いときに書き留めてくれたノートには凄く助けられたから、やっぱり記録は有るに越したことはないだろう。それに、環境が違う場所の新しい植物だから気合い十分! 作業も楽しいから良い趣味になりそうだと楽しい気分で考える。
プルームルーツに続き、同じ柑橘系のシトレアの木とエリキスの木も同様に丁度良い場所を耕し植えていく。大きな石……魔石らしい宝石に見える大きめな石を石置き場から拝借し、側に置かれる台車に乗せ運ぶ。そして花壇を作る要領でゆったりと木を囲んでいく。
シトレアは正しく檸檬! あちら同様に料理の主役脇役どちらもこなすスーパーマンらしい。見た目も然程変わらないらしく、エリーさんに聞いてから楽しみで仕方ない。エリキスという木は、添え物としてや医療品としても活躍するそうでイメージとしてはカボスかなと思ったけど、なる実の色が異なり味も異なるとか。不思議な木と認識。何でも魔力補給にもってこいとか。
「魔力補給……? 補給が要るのですか?」
『この城内で働く者たちは補給など必要としない程の魔力を持っていますが、そうですね、病気の時や過度に魔力を消費しすぎますと補給する必要があります。もともと魔力が少なく、大気から取り込むことが不得意な者は特に口からの経口摂取で不足を補うことが多いのです』
なるほど。栄養剤。
『ちなみに、城内でも過酷な部署に所属しているものも頻繁に魔力補給のためにエリキスの実を幾つか服に忍ばせていますよ』
「おおぉ。なら、育てる価値がありますね!」
めらめらとやる気漲るルナの頭にはエリキスを基に健康食品製作というひとつの目標が掲げられた。
『ルナ? エリーからエリキスの木を気に入ったと聞いた。そんなに気に入ったのかい?』
その晩、食事を終え自室で植物百科事典の解読の為に教本で語学勉強をしていたルナのもとへアレクがやってきた。
ルナの行動はアレクへと報告される。その事に対しては嫌な感情もなければ、むしろ自由だと放られるより安全安心なため有り難かった。
「はい。私には魔力補給とかよくわからないですが、あっちでの栄養剤みたいな感じかと思って。だから、せっかくエリキスの木をアレクから戴いたので有効に色々と試してみようと思ってます!」
うきうきと楽しみだと目を輝かせて伝えてくるルナが可愛らしくてアレクの頬も自然と緩む。まだ事態を全て受け止められているのかわからないが、それでも前を向き歩きだそうとする彼女はひたむきで頑張りやさんなんだときゅんっと胸が射たれる。
とはいえ、頑張りやさんをやり過ぎて苦しくなってはルナが可哀相だとアレクは“見護り隊”の名付けられたルナ付きの者に注意深く見守るよう密かに指示をだすのだ。
『そうか。では、ルナのエリキスが実ったら私にも分けてくれるかい? それと、ルナの作るものの試飲試食も担当しよう』
「え! そ、それは、気持ちは嬉しいですけど王子様に試飲試食させるわけには……」
試飲試食。言い方や観点を変えれば毒見となる。
ルナはぶんぶん首を横にふる。無理です!
『善いではないか。ルナのつくるものを一番に口にするのは私しか居ないだろう?』
「……」
どうしたものか。止めてくれるだろう人物が部屋にいない今、断っても受け入れないだろうアレクをどうするべきか。映画でみた王族は毒見役がつくのはどの時代も国も共通だった。実際に見たことはないが、正解がわからないルナには軽々しく首を縦には振れない。でも、引いてくれない。さて、どうしよう。
『ぅに゛ゃぁあー!』
『いてっ』
え? と目を向けると、今日一日それこそ庭園へも一緒にでたフィーさんが椅子に座るアレクの肩に乗り、後ろ足で顔を蹴飛ばしたようだ。
爪で引っ掻いた訳でもないので端からみれば、猫がじゃれている可愛い姿なのだけれど……アレクは若干不機嫌なようで首根っこを掴もうとしている。
『なんだフィー! 後ろ足で顔を蹴るってよく考えろ! 酷いと思わないか? いてっ』
掴んだらペチッと可愛い音をたて肉球で頬を叩かれる
とはいえ、爪も出していないのに加えてぷにぷにの肉球だから悶える可愛さだろう。ルナとしては羨ましい。アレクは違うようでため息を溢し脱力した様子。
『まったく。ひとまず退こう。今日はルナも疲れただろうからね。もう良い時間だからおやすみ?』
確かに久々の力仕事に疲労は溜まっているから大人しく頷き、当たり前のように抱き上げられ寝台に寝かされ頭を撫でられる
年頃の女子の扱いとして如何なものかと思わなくもないが……アレクの人柄と美貌を前に不快感もない。甘えたいと思ってしまう相手が甘やかしてくれるのだから今は有り難く受けとる。
『おやすみ、私の可愛いルナ』
日増しに甘やかな響きになっている事にはルナは気づきもせず、頭に触れる手の温もりにすり寄り夢の中へ落ちるのだった。
「……おやすみ……なさぃ……」
7月は更新停滞申し訳ありません。8月になりましたので気持ち新たに出来る限りがんばります!




