2 ワイルドカード
ランララン
爽秋の晴天の下、各界の若き猛者たちが、己がため、仲間のため、そしてプライドをかけ、熱いバトルを始めるここ湘南エリア。
この戦いに挑む勇者を送り出し、そして真の強者の凱旋だけを許す湘南ライドのゴール江の島。
今、ここに私たちの想像をはるかに凌ぐ、熱き魂がぶつかり合う湘南演舞の幕が上がる。
「さぁ、スタートしました!」
「沿道には選手を応援する姿がありますが……大きな悲鳴が聞こえています」
富士山がモニターに食い入る。
「ああっ、これは大変です。転倒の模様です。スタート地点から20メートルのところでしょうか、大丈夫なのでしょうか? 後方から来た選手が次々とバランスを崩しながらも、左右に膨らみ転倒を回避して行きますが……」
「巻き込まれた選手も多数見受けられ、スタート付近は大変なことになっています」
さらにドローンカメラが詳細を映し出す。
「とにかくレースは始まっている訳ですから、選手の通過をまってからの救護となりそうです。そして漸く救護班が転倒者の救助に入りましたね。パッとみた限り、五、六名が巻き込まれていたようです。その中から三名ほどが立ち上がり、レースを再開しております。下敷きになっていた選手も遠目ではありますが、意識はあるようです」
ディレクターが小声で「富士山アナ、レースを追ってください」と指示を出して来た。
すかさず富士山アナは、何事もなかったかのように実況に戻った。
「たった今、上空からの映像が先頭集団を捉えているようです」
ドローンが先頭を走る選手を映し出した。
「先頭は今、新江ノ島水族館前を通過して行きました。まず……チームゼッケン16番のハンビビ選手、続いて10番の高橋尚美選手と、その後を66番の羽柴秀一郎選手がピッタリとつけており、八人前後の集団を形成しながら、ドンドンスピードを上げているようです」
「ハン選手は表情に余裕がありますね。それに力みがまったくありませんし」
解説の谷山がモニターを見ながら選手の状態を伝えた。
「谷山さん」
「はい」
「ハン選手は6月に行われた陸上アジア大会の1万メートルで3位になってますよ。アジアトップクラスの現役の選手がこう言った大会に参加されるんですね。本当に驚きです。彼の走りに期待しましょう」
「そうしましょう」
「ところで、ハン選手のチーム16には、南海大学留学生でフランスロードレースのアンダー16の部で優勝したアラン選手、国内プロツアー戦ファイナルで優勝した吉永美希さんの娘で、フィリス女学院2年の吉永日向選手がいますから、なんとも目が離せないまさに優勝候補チームの一つではないでしょうか。この後の展開が楽しみですね」
ドローンが次第に後方へと下り、第二集団を映し出す。
「続きまして、先頭集団から遅れること10秒のところに第二の集団ができています」
「この集団は縦に長く広がり始め、どうでしょう? およそ30人の選手たちが、次第にバラけ始めています」
ドローンが更に後方の選手を映し出す。
「この辺りは先頭から100人目あたりなのでしょうか?」
潤音がこれに反応した。
「もう少し後ろでは? 120番目くらいなのではありませんか? 全体の流れからしてピッチが上がってません。まぁミニマラソンだけの単一種目であれば、こう言うことにはならないのでしょうが、このあと、パドリングとロードが控えていますからね。各チーム、計画的にレース運びをしていると見て良いのでしょうかね」
「確かに、如月さんの見解が正しいとしたら、どの選手も次のセクションであるパドリングが勝敗の鍵と見て、このミニマラソンでは相手チームの出方を伺っていることになりますかね」
富士山はこの湘南ライドの肝がパドリングになることを改めて示唆した。
そこに紗矢香らが映り込んだ。
「随分と後方なんだな」
一瞬映り込んだ神楽選手たちが思ったより後方を走っていることに、潤音は心配げな顔で呟いた。
集団後方からの仕掛け
「まったくさ、この予選会を70位通過するための秘策をパドリング区間で用意した流だからこそ、このミニマラソン区間ではゆったり気味に走っているけど、普通の展開なら間違いなく予選落ち確定だね」
その通りであった。
「大丈夫よ、これでいいの。間違いなく次のパドリング区間ではリタイアが続出する、そんな厳しい展開が起きるはずよ」
紗矢香は春風に言って聞かせた。
「いずれにせよ、パドリングを三キロ遠泳だなんて、腕がもげちゃうかもね? しかもバッドコンディションなんて、もう最悪だわ」
結奈から愚痴が口を突いて出てきた。
すると紗矢香がふたりに声をかけた。
「周りを見て!」
えっ?
あっ!
「フィリス女学院のサーフィン勢、それにうちのサーフィン部まで……」
「チーッス、寮長!」
その声はあいつ。
「北山さん……出てたんだ」
「ズコッ! それはないでしょう、このカリスマ美少女に向かって!」
どこまでも、ナル嬢なんだね。
北山萌さんは。
「萌ちゃん、おちゃらけてないで、集中集中!」
春風の後ろから、更に聞き覚えのある声が聞こえて、振り返る。
「姉さん」
「よっ!」
紗矢香も振り返り翔子にウインクをして、また集中を高める。
サーフィンガチ勢がこの後方のポジションで走っている。
やはり考えることは同じだね。
私的にはいいペースと思っているが、
と気になり出したことを口にした。
「まずはミニマラソンで体力温存だと思ったけれど、全体的にスローペースになっていないかな? 前の集団の数が思いの外多いよ。先頭こそどうなっているかはわからないけど、このピッチ、遅すぎるんじゃ」
再び先頭の映像が流れる。
「いやあ、全体はスローペースになっていますから、先頭あたりの選手は逃げ切りを意識した、力強い走りに切り替えているのでしょう」
「そんな感じですね。しかし、チームナンバー25の羽柴選手、先ほどからかなり腕の振りや足の運びも小さくなっていますね。口も開き気味ですし、オーバーペースなんではないでしょうか? まだ二キロ手前でありますが、この先このペースでは持ちそうもないんじゃないですか?」
羽柴の後に映る選手の影を捉えた富士山が口にした。
「さぁ、羽柴選手の後ろから迫るのは、チームゼッケン3の嵐山選手とゼッケン7の大崎だ! 二人とも自衛隊員でトライアスロンの選手ですよ」
富士山アナが潤音に話を振った。
「嵐山って名は聞いたことがありませんが、大崎選手は知ってますよ。アジアチャンピオンですから、大崎尊さんですよね?」
「ええ、そうです」
「谷山さんはご存知ないですかね? 嵐山翔太選手は全日本トライアスロンの上位選手です」
富士山は谷山に振るとこう答えた。
「僕は専門ですから存じ上げてますよ。身体能力が高く、まだ20歳ですから、これからが期待できる選手ですよ」
「流石ですね、ありがとうございます」
「そして柴山選手は、まだふらつきながらも持ち堪えているようです」
十文字が呟いた。
「柴山選手苦しそう!」
再び富士山がハン選手らを語る。
「先頭を走るハン、その後を追う嵐山と山崎は、おそらくこのこの大会参加者の中で、他の選手とはレンジの違う走りをする能力が高い選手と言えます。彼らのスピードは手に負えないほど速いですよ!」
そして潤音がモニターに映る選手の中に、プロサーファーの誠を見つけた。
お前、出ていたのか? それに並走する女子選手、翔子ちゃんじゃないか。
ワイルドカード
集団後方にいた翔子は、更にその後ろからスピードを上げ、前に出て来たサーフィンの師である誠に声をかけられた。
「よう」
「えっ? 誠さん……参加していたんですか?」
「まあな、ワイルドカード(主催者推薦)ってやつかな」
「凄いじゃないですか……でもチームはどうなんですか?」
「一人は全米トライアスロンの入賞者、もう一人も全米ロードレース界のホープさ」
翔子は唖然とする。
「まさにワイルドカードですね。でも、プロがこんな鉄人レースなんかに出場してるんですか? 専門外ですよね?」
誠は苦笑気味にこう答えた。
「この大会スポンサーだけど知ってる?」
「えっと……ゴールドなんちゃら、でしたよね」
「そう、ゴールドラッシュ」
「ああ、そうだ!」
「確か……ダイヤの原石を育てる機関よね?」
「んん……まぁ、そう言うことになってるか……」
んん?
「でも、それと誠さんの出場とどう関係があるの?」
「それにはちょっとした訳があってね」
「そうなんだ……けどね、誠さんがこの大会に出ることで、レベルがグンとあがるもんね。それだけでも凄いことだよ」
「いいこと言ってくれるよ、翔子ちゃん」
そんな意味合いのワイルドカードなら良かったが……。
人物紹介
如月潤音
プロサーファーで神楽紗矢香選手の兄。リポーターのAMANEの義理の兄でもある。誠は親友である。
誠
葉山翔子の師匠であり、アメリカでプロサーファーとして活躍していたハーフ。ゴールドラッシュとはどんな関係にあるのかは謎である。
葉山翔子
誠の弟子である。早乙女春風は弟である。誰にも話すことなく、彼女はこの大会を最後に日本を去り、誠に紹介されたハワイ在住のプロに指導を仰ぎながら、ハワイへの移住を決めている。
羽柴秀一郎
鎌倉学院高等部一年で早乙女春風と同じクラスの秀才。いつも春風に成績で勝てていない、春風にライバル心むき出しなところが憎めないキャラ。
頑張れ、秀一郎!




