1 湘南ライドTB(トリプルバースト)開幕!
神奈川県藤沢市江ノ島のメインストリートUターン地点にある湘南港第二駐車場に特設会場が設けられ、すでに多くの大会参加選手がスタート時刻を待っている。
ゲルニカだ。
「鹿島さんじゃないか?」
選手たちの合間から一瞬見えたシルエットを追うように、春風は歩き出した。
「おはよう!」
「えっ、翔子じゃん? おはよう……って、どうして? てっきり大会には出ないものと思ってたけど」
「まぁ、出発までにはまだ日にちもあることだし」
「……出発まで?」
「あっ、気にしないでねって……あなたはどなた?」
「常盤結奈と言います」
「常盤って……えっ、ひょっとして卓球が上手くて、それで夏に春風といすみでサーフィン始めたっていう娘」
「私のことをご存知なんですか?」
「ええ、もちろん、紗矢香から聞いてるわ」
「結奈ちゃんに会いたいって言ってたわよね」
「ええ、改めまして、弟がお世話になっています。今後も仲良くしてやって下さいね」
「はっはい! こちらこそです」
「ねえ、結奈ちゃん? 言葉尻がへんになってるよ」
「そう、ですかね?」
「そっか、この子が学校で初めてできた友達の」
「まぁね」
「ところでさ、春風は来てるんだよね?」
「ええ、今の今までここにいたんだけど?」
ゲルニカ鹿島
「鹿島さん!」
「んん? おっ、誰かと思えば早乙女ちゃんじゃんか……あれ、なんでここにいんの?」
「なんでって、エントリーしたからです」
「そっそうか。残念やったな。ERCの招待を受けてたんやって?」
「はい、そんなことで眞露さんとチームを組めなくなりました」
「でさ、早乙女ちゃんとこは予選突破できそうなん?」
「どうですかね? 鹿島さんのとこはどうですか?」
「俺んとこか? さぁ、どうだろな?」
「フィリス女学院とタッグを組んでいましたよね。ララHバイス選手とか?」
「よく知ってるじゃない。その子だよ、うちのメンバーは」
「バイス選手は別格ですよ」
「らしいな」
「これは楽しみですね」
「あゝ」
大会特設会場
「湘南クローバーTVをご覧の皆さん、おはようございます。富士山一郎です」
カメラが選手たちを捉えた。
「早速ですが、ご覧いただけてますでしょうか? 選手たちは思い思いに入念なストレッチをしております」
漸くモニターに映し出された。
「公式発表でこのTB大会には50組、総勢150名がエントリーされているとなっております」
ADが「TB説明」と書かれたボードを見せた。
「それでは大会名にありますTBの意味合いでありますが、これはトリプルバースのイニシャル表示なんですが、いわゆる3人制のチーム戦のことであります」
「さあ、それでは本日のゲストを紹介いたします。プロサーファーの如月潤音さんです、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「如月プロ……いやぁ、ホント男前でらっしゃる。女性にはモテるでしょ?」
おいおい、嬉しい紹介だけど、公共の場で、それ確かめるのってどうよ?
「どうですかね?」
「ありがとうございました」
えっ、放置プレイ?
紗矢香と結奈
「ねぇ、あそこ見て?」
「ん、あれって? 潤音さんじゃないですか?」
「実はね、兄さん、この大会のサーフィンの解説をするみたいなの」
「そう、なんですね……なら、弟子の成長を見てもらわねば!」
「結奈ちゃん、気合い十分ね」
「そういえば、早乙女くん、戻って来ませんね」
「どこ行っちゃったのかしら?」
再び実況席
「続きまして、自転車競技界で圧倒的な強さを誇ります、チーム箱根スパイラルの親会社ゲルニカから十文字部長にお越しいただきました。十文字さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。はい、そしてもうひと方ご紹介いたします」
ゲルニカ部長にはツッコミスルーね。
「ええ、この夏公開された映画『走れメロン!』の原作者であります谷山直人さんです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「それでは、スタート地点の様子をお願いします」
またまたツッコミあらへんの。
カメラマンが、スタートゲート付近でスタートを待つ選手たちの、緊迫した様子を映し出した。
「AMANEさん! 聞こえますか?」
「はーい、こちらのスタートゲート前の様子、ご覧いただけてますでしょうか? どの選手もとても集中し……」
「おい、あの子、アマネじゃん!」
「うそ、どれどれ……マジ! アマネじゃん! おーい、アマネさん!」
「何? あれってテレビでよく見る子じゃん?」
アマネは騒つくゲート前の選手たちに「頑張ってください!」と手を振りながら、クルリとカメラに顔を向けた。
「みなさん盛り上がってる様子ですね。以上ゲート前からでした」
「はい、アマネさんありがとうございました。いやぁ、盛り上がったのは、彼女が現れたからではありましょうが、まっ、潤音さん、選手たちの表情はどうでしたか?」
放置プレイ辞めて、そうくるかい。
「そうですね。リラックスしているようには見えましたが」
「ありがとうございました」
それだけかい!
「それでは本日の大会注目選手をまとめておりますのでダイジェストでご覧ください」
テレビ画面では注目選手が紹介される一方で、実況担当の富士山がゲスト解説者に何やらヒソヒソと隠れるように指示をかけた。
「みなさん、今日は一つだけお願いしたいことがあります」
「はい、で、どんなことですか?」
十文字が聞き返すその様子を、潤音らは静観した。
「大きな声では言えませんが、どうもスポンサーさんが圧力を掛けてましてね」
「ゴールドラッシュ、ですね」
「ど、どうしてそれを?」
富士山は半身になった。
白々しいわ、ホンマ。
「……どうせゲルニカの選手を必要以上に祭り上げるな、とかでしょう?」
「十文字部長、いやぁ、実に惜しい!」
おいおい、こんな舞台裏で、リップサービスなんかはいらんよ。
「じゃあ、テレビに映すな、とかですか?」
「ワオ! ファンタスティック!」
この富士山さん、裏表ないと言うか、はしゃぎすぎでしょ。
「じゃあ、うちの選手は、あまり露出させんと……そう言うおつもりですか?」
「まあまあ、スポンサーはスポンサー、我々は我々ですから、そんな好き勝手はなりませんよ。だから……」
「だから?」
「解説者の皆さんが選手たちのことを注目していただければ、カメラマンとて映さない訳にゃいかんでしょうが。それがゲルニカ選手であってもね」
十文字はすべてが飲み込めたのか、手のひらを拳で叩き、合点の言った表情を取り戻した。
「とにかくみなさん、実況するのは我々なんですから、視聴者に見たままリアル感が伝わるよう全力を尽くしましょう」
へぇ、ただのファンタなお兄さんじゃなかったか。意外に骨があるやないの。
注目の選手
「続きましては、パドリング区間での注目は、なんと言っても神大留学生の兄のケニーBと弟のジョニBの兄弟サーファーであります。兄ケニーは全米ベスト8、兄ジョニーBはなんと全米ベスト4の超ヤバな選手なんです。この体見てください。ジョニー・B・グッド! じゃないですか」
富士さん、あんたいつもそうなんかい。
型にハマらないその駄洒落に乾杯っす。
「続いてロード区間ですが、やっぱり凄いなゲルニカ選手、眞露選手を筆頭に優勝候補を三人立ててきました、いやぁ、凄いの一言です」
おいおい、言うてるわりに反旗振りかざしてさ、挑発気味じゃねえか?
言うてたスポンサーは大丈夫なんね?
「如月プロ? 何か、ありましたか?」
「いえ、何も」
コイツ、やっぱただものじゃねえわ。
コース説明
「では予選のコースをご覧いただきましょう。モニターに、はい……こちらが我々の今いる江の島です」
見りゃわかるて!
「ここ江の島から出発した選手たちは、江ノ島大橋を渡った後、134号線を平塚方面に流れます。茅ヶ崎東海岸南で折り返し辻堂海岸までが11キロのミニマラソンの区間になります」
「富士山アナ!」
「おおおおお〜、その富士山アナって響き、いやじゃないですねぇ。ぜひこれからはそう呼んでください」
「では富士山アナ、続きをよろしく」
「こりゃどうも。辻堂海岸からは、新江ノ島水族館あたりまでおよそ4キロのサーフボードでのパドリング競争になります」
「あっ、良いですか?」
「はいどうぞ、如月プロ」
「ちょうど選手たちがパドリングをするその時間帯は、予報で風速5m/Sのサイドショア或いはサイドオンになるため、向かい風でダンパー気味な荒い波の影響でパドリングが難しくなると予想されますね」
「そうなんですか?」
そうなんだよ!
「まあ、辻堂から鵠沼あたりはビーチブレイクと言って海底が砂地のため、選手にとってはケガの心配が少ないエリアにはなりますが、何分コンディションが悪そうなので、サーフィンの経験が乏しい選手には難関となるでしょう」
「なるほど」
なるほどって、
それだけかい。
「このパドリング区間は水族館付近で終わり、続けて自転車競技に移ります。片瀬江ノ島入り口駐車場で自転車に乗り換えた選手たちは、134号線で一路7.5キロ先の鎌倉駅を目指します。鎌倉駅でUターンした後は、再びスタート地点でもありゴール地点でもあります江の島を目指すことになります。総勢百五十三名による戦いは、全長30キロを超えるコースを走り切った上位七〇名の選手が予選会を突破したことになり、明日行われる本戦に駒を進めることになります。どうですか? 谷山さん」
「まさにミニトライアスロンと呼べる大会ですね。みなさん、ケガのないよう無事、走り切ってください」
「それではスタートまで後2分少々になりました。再度、選手たちの様子をご覧ください」
カメラが再びスタート直前の選手の様子を映し出す。
その選手の中に紗矢香たちを見つけた潤音が呟いた。
「紗矢香に結奈、おう春風もいるな……」
呟きを聞いた十文字が問いかける。
「誰か知り合いでも?」
「ええ、まぁ、ちょっとしたねっ」
チーム神楽
スタートゲートから見て集団やや中央あたりに、神楽紗矢香、常盤結奈及び早乙女春風の三人は陣取り、スタート合図を待っていた。
「常盤さんってさ、長距離は得意なんだっけ?」
「得意かって? そうねぇ、割と私、長距離に向いてる方かもね。だからと言って、得意です見たいなことにはならないわ。早乙女くんはどうなのよ?」
「僕かい? まぁね、短距離走に比べれば、幾分長距離の方が得意なのかな?」
「何よふたりとも、余裕なその態度は? ランでいいとこ見せようかって?」
「紗矢香さんて長距離はやれるイメージなんだけど、実際はどうなの?」
「それ、僕も知りたい!」
紗矢香は髪を掻き上げながらポニーテールを結び直し、流し目がちに「期待されるほど、得意じゃないよ」と呟いた。
春風が呼びかける。
「ふたりとも聞いてくれ。今日の辻堂海岸はサイドショアで風も出るから、パドリングは体力勝負になるのは必至だ。だからこのランニング区間での体力消耗を、できるだけ抑えた走りをして欲しい」
「えっ、そうなの?」
結奈のリアクションにすかさず紗矢香が別の提案をした。
「ちょっと待ってよ……バッドコンディションって言うのなら一つやってみたいコース取りがあるわ」
「それはどんなコース取りなの?」
「あのね、インサイドに集まる烏合の選手集団を避けるため、アウトサイドを利用するのよ」
「えっ、それって、沖へ出るってこと?」
「そうよ、インサイドはダンパーとスープでパドリングどころじゃなくなるから、いっそ沖を渡るほうがこの場合、正解になるのかもね」
「つまり、インサイドでなくアウトサイドね」
結奈が意図を理解した。
「ただ」
「ただ?」
「このコース回りのパドリングの感覚は、おそらく波面が硬くボード操縦に一苦労ってとこかな。そして、うねりの中を進むことになるから、波に逆らわないよう注意しながらも、潮流に流させないような鬼パドリングが求められるわ。まぁ、体力消耗には要注意よ」
「ひやぁ、そんなの聞いたら私、自信なくしちゃうよ」
結奈が思わず本音を口にする。
「大丈夫、結奈ちゃん、ふたりは私の後にピッタリついて、真似るようにパドリングすれば問題ないわ」
ん……軽く言うけどさ、
そんなに上手くやれるのかな?
「やれなければ、それまでのことになるんだけどね」
はいはい、
相変わらず手厳しいな、
紗矢香さん。
上手くやりなさい! と、
そういうことですね。
「やるしかないね」
春風が気合いを口にする。
「やるしかないのよ」
結奈も覚悟を決めたみたい。
「だからね、ラン区間も無理せず私の後をついて来てね」
なんだ、
そんな落ちまで用意してたか、
神楽紗矢香。
ロード区間までは、
我慢我慢!
「それでは、スタート十秒前」
「三、二、一……」
川崎大会委員長のかけ声と共に、参加選手たちは身構えた。
そして、シビアな戦いの幕が切って落とされた。
「スタート!」
登場人物
1神楽紗矢香
この夏、恐怖心を克服して再びサーフィンを始めた彼女は、世界戦復帰のため日々練習に明け暮れている。
早乙女春風は恋人であり、常盤結奈結奈とは卓球大会を通じて仲良くなった。
2 早乙女春風
鎌倉学院高等部1年の秀才で自転車競技のロードレースを初めておよそ半年が経つ。サーフィンは初めて間もないが、紗矢香の指導もあり楽しめる程度にボードを操ることはできる。
3 常盤結奈
鎌倉学院高等部1年で春風と同じクラスの彼女も、春風と同じ時期、大会解説者の如月潤音にサーフィンを習う。
詳しくは「男も女も湘南ライドで恋をすること勿れ」にて。




