会いたい人
「美琴に会いたい……」
胸の奥から、止められない衝動が溢れ出してきた。僕はアイリスのほうを激しく振り向き、叫んでいた。
「美琴のところへ連れて行ってくれ!!」
感情が爆発した僕の叫びを受け止めたまま、アイリスは前を見据えた。そして――ほんの少しだけ、奇妙な『間』を置いた。
「……わかりました」
「だめ、なのか?」
アイリスの一瞬の『間』が、どうしても気になった。いつもなら秒単位で即答する彼女が、なぜ躊躇うような真似をしたんだ。
「AIは、できる、できないというはっきりした答えを出します。どちらでもない、はありません」
アイリスはハンドルすら存在しないダッシュボードの前に座ったまま、淡々と、けれどどこか重いトーンで言葉を紡ぐ。
「連れて行くことは、もちろん出来ます。ただ、あなたの現在の外見は、以前のあなたの身体ではありません。あなたを見て長岡美琴さまが、あなたを『みなと』さまだと判断できる可能性は、極めて低いです」
「それは……っ」
「さらに、20年前の過去から蘇ったと言われて、彼女がそれを信じる可能性もまた、限りなくゼロに近い。人間の脳を別の身体に移植する技術が始まっているとはいえ、社会にはまだ秘匿されており、世間一般には周知されていません。成功例も、あなたを含めてまだ世界に4件だけなのですから」
アイリスはそこで、ゆっくりと僕のほうを向いた。美琴に酷く似たその瞳が、僕の魂を見透かすように真っ直ぐに射す。
「それでも会われるというなら、私は止めません。行きましょう、彼女の元へ」
「……っ」
アイリスの正論は、僕の胸を容赦なく抉った。
美琴に会いたい。でも、今の俺は美琴の知らない18歳の男の子の身体だ。「俺だよ、みなとだよ」って伝えたところで、怪しい不審者だと思われるのがオチだ。会いたい。でも、会ってどうすればいいんだ? 彼女の面影を持つAIの隣で、僕は自分の『新しい手』をぎゅっと握りしめ、激しい葛藤に身を焦がすことしかできなかった。
「着きました」
アイリスの声と同時に、クルマが静かに停止した。窓の外を見ると、そこにはまるで巨大なドームか、体育館のような無機質で巨大な施設の前に到着していた。
「ここに、長岡美琴さまがいらっしゃいます。……現在の彼女の写真、事前にお見せしましょうか?」
「いや、いい」
僕は即座に首を横に振った。見るのが、どうしても怖かった。僕の記憶の中の美琴は、18歳の瑞々しい少女のままだ。だけど、今の彼女はきっと――20年分の歳を重ねた、38歳の大人の女性になっているはずだから。その現実を突きつけられる覚悟が、今の俺にはまだできていなかった。
「ここは、何なんだ? みんなこんな場所に集まってるのか?」
「はい。地球の平均気温が上昇したため、現在の世界では、子供たちが外で遊ぶことは不可能になりました。そこで、こうして大人も子供も、一日中室内で安全に過ごせるための巨大複合施設が国内に多数作られたのです」
外は45℃の熱地獄。人間はもう、冷房の効いた巨大な『箱』の中でしか生きられなくなっている。
「……行ってみる」
僕は深くフードを被り直し、覚悟を決めてシートから腰を上げた。
「私も同行します、みなと様」
アイリスが当然のように車を降りる。
一人で行きたい、断ろう、そう思った。だけど、あまりに変わり果ててしまった2046年の世界が不気味で、一人になるのが不安だったのも事実だ。
僕は何も言わず、美琴の面影を持つ冷徹なAIを伴って、施設の自動扉をくぐった。
プシュー、とエントランスの気密扉が開く。一歩中に入ると、外の地獄のような熱気が嘘のように消え去り、涼しい風が僕の顔を撫でた。自然とコートを脱いでしまう。それをアイリスが受け取ってくれた。
広大なドーム状の空間が広がっていた。そこには、人工の芝生の上で遊ぶ子供たちや、ベンチで談笑する大人たち――何百人もの『人間』たちの姿があった。だが、僕はすぐに、その光景に言い知れぬ違和感を覚えて足を止めた。何かが、おかしい。
「おい、アイリス。あそこにいる人たちって……」
僕は、13秒見つめただけで視線をカウントしてきたアイリスの、あの『完璧すぎる人間っぽさ』を思い出して、ゾクッと鳥肌が立っていた。




