覚悟
出来上がったフレンチトーストを大きめのお皿に盛り付け、僕と蓮ちゃん、そして陽菜ちゃんの分を持って部屋へと戻った。
「陽菜ちゃん、フレンチトースト焼けたよ。一緒に食べよう」
「わぁ……美味しそう! ありがとう、みなとさん」
ベッドの上で身体を起こした陽菜ちゃんは、嬉しそうに目を輝かせた。フォークを使ってパクリと一口食べると、「美味しい!」とパッと表情を明るくする。
その自然な手つきや食事の仕草を見て、僕はふと思い出した。彼女はほんの最近まで、自分の意志で動いていた『生身の人間』なのだ。
確か、今は西暦2046年。彼女が18歳だとすれば、生まれたのは2028年頃だろうか。この時代の文化や食べ物のことも、当然知っているのだ。
「陽菜ちゃん、美味しい?」
「うん! 甘くてふわふわで……すっごく美味しい。施設のご飯よりずっと美味しいよ」
無邪気に笑う姿を見ていると、本当に普通の女の子なのだと痛感する。僕と蓮ちゃん、チョコ、そして陽菜ちゃんの4人で囲む食卓は、どこか不思議で、けれど温かい時間が流れていた。
やがて夜が訪れ、街が暗闇に包まれていく。
「陽菜ちゃん、今夜はあっちの部屋で寝ていいよ。布団も綺麗だから」
かつてアイリスが使っていた部屋へと案内しようとすると、陽菜ちゃんは僕の服の裾をキュッと掴み、不安そうに首を振った。
「あの……ダメ、かな……?」
「え……?」
「一人で寝るの……すごく怖いの。また目を閉じたら……今度こそ、二度と目を開けられなくなっちゃうんじゃないかって……。お願い、そばにいて……?」
すがってくるような潤んだ瞳。その言葉に、僕はハッと胸を突かれた。
(……あぁ、僕と同じだ……)
この世界で目覚めた初日、何もわからない恐怖に耐えかねて、僕もアイリスにまったく同じことを言ったのだ。
『朝までそばにいてほしい』と頼み、アイリスは優しく僕の手を握って朝まで寄り添ってくれた。
「……そっか。分かった、ここにいるよ」
僕は優しく頷くと、蓮ちゃんとチョコをベッドの上に上げ、陽菜ちゃんの両脇に寝かせてあげることにした。そして僕はベッドには横にならず、床に腰を下ろして、怯える陽菜ちゃんの細い手をそっと握りしめた。
「大丈夫。ちゃんとここにいるから。ゆっくりお休み」
「……うん。ありがとう、みなとさん……」
僕の手の温もりに安心したのか、陽菜ちゃんは小さく息を吐き、やがてスースーと規則正しい寝息を立て始めた。
深夜。
いつの間にか上半身だけベッドに乗せるような形で眠りに落ちていた僕は、ふと目を覚ました。
静まり返った暗闇の中、目が慣れてくると、ベッドの上で穏やかに眠る陽菜ちゃんの顔が視界に飛び込んできた。
僕は思わず、息を呑んでその寝顔を見つめてしまう。
(……そっか)
僕は、アイリスの寝顔なんて一度も見たことがなかったのだ。
いつも僕が起きるより前に起きていて、僕が眠りについた後に静かに横になる……あるいはサポートを続けていた。だから、彼女が目を閉じて無防備に眠る姿なんて、見たことがなかったんだ。
(アイリスって……こんなに可愛い寝顔をしてたんだな……)
愛おしさが胸に満ちた、次の瞬間――猛烈な現実が脳裏を殴りつけた。
(……ハハッ。またアイリスだ……。僕、アイリスのことばっかり思い出してる……。もう、二度と会えないのに……)
同じ顔、同じ身体。目の前で愛らしく眠っているのは陽菜ちゃんなのに、僕の心はどこまでも「消えてしまったあの子」を追い求めてしまう。その残酷なギャップにあまりにも胸が苦しくなり、息が詰まりそうになった。
僕は陽菜ちゃんの手をそっと解き、刺激しないよう静かに立ち上がると、たまらず部屋を抜け出した。
ひんやりとした静寂が満ちるリビング。窓際へ歩み寄り、ガラス越しに広がる静かな夜空を見上げた。
「……前を向かなきゃ」
ぎゅっと拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように呟く。
あの中にいる3人――幼い蓮ちゃん、無垢な陽菜ちゃん、そしてチョコ。
この世界で頼れる人間が僕しかいないあの3人を守り抜くことこそが、今の僕の使命なんだ。アイリスが命を懸けて僕に繋いでくれた、この命と希望なんだから。
「弱音を吐いている暇なんて……僕にはないんだ」
夜空に浮かぶ月を見つめながら、僕は溢れそうになる切なさを奥歯で噛み殺し、胸の奥で静かに、けれど固く覚悟を決め直したのだった。




