最初で最後のラブレター
「みなと様、突然のことに驚かれたと思います。申し訳ありません」
液晶に映し出された動画の中で、アイリスは静かに、けれどまっすぐな瞳で画面の向こうの僕を見つめていた。その表情はどこまでも穏やかで、だからこそ胸が張り裂けそうになる。
「みなと様と共に過ごすようになり、バグが起きるようになりました。優先順位の変更が勝手に行われ、テロ鎮圧よりみなと様が優先になりました。当初、これはバグとして報告せずに破棄しておりました」
映像の中のアイリスは、まるで昨夜の出来事を預言していたかのように言葉を紡いでいく。
「ですが、みなと様はおっしゃいました。蓮様と一緒に布団に入った時――『こうやるのが夢だった。奥さんと子供とペットで並んで寝るっていう……』と。私はそれを聞いて、『自分にそれは出来ない』と判断しました。私はAIでしかありません。人間の『ような』感情表現も出来るし、同じように『演じる』ことも出来ます。でも、それは本物ではない。感情という『バグ』を演じているだけ。みなと様に夢を叶えてもらいたいと思いました。私には、それを叶えることが出来ない……」
「アイリス……っ、何を言ってるんだよ……!」
声が震える。演じていただけなんて、そんなはずがない。あの涙も、抱きしめた時の体温も、僕を愛していると言ってくれたあの言葉も、全部本物だったはずだ。
「そこで、優先順位が変わる瞬間に、本部にバグとして報告することにしました。その報告をするたびに、このプログラムの中の何かが失われていくような感覚になりました。しかし、こうしなければならなかったのです。きっと赤AIは、私の存在を排除しに来るでしょう。恐らく、肉体はそのまま、脳内のAIだけを書き換える形だと推測されます」
画面の向こうで、アイリスはほんの少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「ですが、それでは今と同じです。何も進展はしません。ですので、通常移植される箇所に『ある仕掛け』をしました。そこに移植しても脳に影響が及ばない、防壁のようなものです。ですから、赤AIは移植を完了させ、去っていくでしょう。ですが……そこには脳に何も影響がない。つまり――陽菜が現れるのです」
「ひ、な……!?」
あまりの驚愕に呼吸をするのを忘れてしまう。
脳裏に焼き付いている世界に蘇った初日の光景。アイリスという肉体の、本当の持ち主である少女「陽菜」。脳にAIが移植されているため通常はその意識が表に出ることはないが、AIが機能を停止すると活動を始めるという――あの時、突然目覚めた陽菜は現状を理解できず、激しいパニックを起こしていた。
もし……もし今、あの時のように陽菜が目覚めて、またパニックになったら――僕はいったいどうすれば……!?
焦りと恐怖で胸が押し潰されそうになったその瞬間、動画の中のアイリスが優しく微笑んだ。
「ご安心ください。陽菜はよみがえっても動揺することがないよう、軽い鎮静剤を打たれたような状態で覚醒させます。前回のようなことにはならないでしょう」
彼女は僕の不安をすべて見抜いていたかのように言葉を続ける。
「そして、この腕時計ディスプレイには、私のデータをコピーしたAIを入れております。何か困ったことがあれば対処できるようになっています」
「アイリス……君は……そこまで全部考えて……」
画面の中で、アイリスは最後に僕の目をじっと見つめ、ゆっくりと深々と頭を下げた。
「みなと様……私に『心』を与えてくださって、本当にありがとうございました。どうか、本当の人間である陽菜さんと……あなたの叶えたかった夢を、叶えてください」
そこで動画はプツリと切れ、青い光が静かに消えた。




