目覚め
「おにいちゃん!!!」
蓮ちゃんの切羽詰まった叫び声で、僕は驚いて目を開けた。直後、割れるような激しい頭痛が頭脳を駆け抜け、思わず顔をしかめる。
視界が歪む中、真っ先に目に入ったのは、今にも大粒の涙をこぼしそうな蓮ちゃんの心配そうな顔と、心配そうに「くぅん……」と情けない声を上げるチョコの姿だった。
「蓮ちゃんっ……! チョコ……! 二人は大丈夫か!?」
「うん、僕らはなんとも……でも……っ」
蓮ちゃんが不安そうに、横へと視線をずらす。胸騒ぎを覚えながらその視線を急いで追った僕の目に飛び込んできたのは――床に力なく伏せ、倒れているアイリスの姿だった。
「アイリス……っ!!!」
身体が重く、足をもつれさせながらも、僕は倒れ込むように彼女のそばへ駆け寄った。冷たい床にひざまずき、うつぶせになった彼女の肩を抱き起こす。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、全然起きないんだもん……っ! 変なドローンもいて、すごく怖かったんだよ……! ドローンが僕のほうにも近づいてきたけど、チョコが吠えて守ってくれたんだよ!!」
「……そうか。蓮ちゃんも、チョコも……よく頑張ったな」
怖くてたまらなかっただろうに、小さな身体で立ち向かってくれた幼い二人。僕は震える手で、蓮ちゃんの頭とチョコの背中をしっかりと撫でた。
……だが、それより、アイリスだ。
あんな状況で僕を眠らせたのは、僕を巻き込まないためだったのだろう。赤ドローンを妨害しようとすれば、どんな目に遭わされていたかわからない。
そして赤ドローンは、バグを起こしたアイリスを破壊するか、連れ去るために現れたのだと思っていた。
なのに――なぜ、アイリスはここに倒れている?
壊されていない。連れ去られてもいない。
そっと抱きかかえると、彼女の胸からは規則正しい呼吸の温もりが伝わってきた。恐る恐る胸元に手を当ててみれば、力強い鼓動が掌に脈打っているのがわかる。
顔色も悪くない。死んではいない……まるで、ただ静かに眠っているだけのようだ。
「……とりあえず、ベッドに運ぼう」
僕は力尽きたように重いアイリスの身体を慎重に持ち上げ、自室のベッドへと運んで横たえさせた。そのまま浅い溜息を吐き出しながら、彼女の脇に力なく腰を下ろす。
「おねえちゃん、大丈夫……?」
不安を隠しきれない蓮ちゃんが、チョコを抱きしめながら後ろからついてきて、覗き込むように尋ねてくる。
「うん……大丈夫。ただ眠ってるだけだよ」
(……そうだよな? 本当に『ただ眠っているだけ』なんだよな……?)
自分に言い聞かせるように言葉を返しながらも、脳裏を渦巻く疑問が消えない。
――いや、おかしい。
じゃあ、あの赤ドローンたちは一体何のためにここへ来たんだ?
アイリスが僕に睡眠薬を飲ませてまで一人で立ち向かおうとしたのは、僕を守るためだ。もし彼女が抵抗すれば、赤ドローンにその場で物理的に排除される危険があったから。
だが、赤AIの本来の目的は二つ。
『テロの鎮圧』――そして、『バグの修正』。
「……ッ!?」
背筋に、ぞくっと寒気が走る。最悪の可能性が、思考を黒く塗りつぶしていく。
……あのドローンたちは、アイリスの物理的な体を破壊しに来たんじゃない。
彼女の頭脳――その中心に移植されているAIに、直接アクセスしたんじゃないのか……!?
身体は生身の人間として傷ひとつなく動いている。けれど……彼女の『本体』であり、僕を『第一優先』と選んでくれたあの愛おしい心そのものであるAIシステム自体が――完全に『初期化』されてしまったとしたら……!?
恐怖で引きつる手で、僕はアイリスの冷たくなった指先を、痛いほど強く握りしめた。
「お兄ちゃん、これ……」
後ろから蓮ちゃんの少し戸惑ったような声が聞こえ、僕はお腹の底から湧き上がる胸騒ぎを抑えきれないまま、アイリスの手を握った状態で振り向いた。
「え……? これって……」
蓮ちゃんが小さな両手で大事そうに抱えていたのは、アイリスがいつも腕に身につけていた、あの黒い腕時計型ディスプレイだった。
ハッとしてベッドで眠るアイリスの腕元に目をやる。――確かに、いつもあるはずの端末が、綺麗に消えていた。
僕は全身で向き直り、蓮ちゃんの手から吸い寄せられるようにそれを受け取った。ズッシリとした金属の冷たさが掌に伝わる。
「これ、どうしたの……? リビングに落ちてたのか?」
出会ったあの日から、アイリスはどんな時も肌身離さずこれを身につけていた。データ処理も、赤AIからの警告の受信も、僕たちを守るための通信も、すべてこの端末を通して行っていたはずだ。
「……ううん。お姉ちゃんに、たのまれたの」
「え……?」
「お兄ちゃんと、お姉ちゃんが倒れちゃうちょっと前にね……おねえちゃんが僕のところに走ってきて、これを手渡してくれたの。『明日、みなと様が目を覚まされたら、これを渡してください』って……」
「アイリスが……僕に……!?」
衝撃で息が止まる。赤ドローンが窓を破って侵入してくるほんのわずかな隙、僕に麻酔薬を飲ませる直前の、あの極限の数秒間――アイリスは蓮ちゃんの元へ走り、この端末を託していたのだ。
慌ててベッドの上の彼女を振り返る。けれど、アイリスは相変わらず穏やかな寝顔のまま、ぴくりとも動かない。
(渡してって……どういうことだ……!? アイリス、君は一体何を……)
手の中のディスプレイが、まるで生き物のようにかすかに震えた。
画面に青い光が灯り、僕の指紋を認識したかのように、未再生の動画データがぽつんと一つ、浮かび上がってきた。




