破滅の羽音
出来上がった朝食がテーブルへと並べられたのを見計らい、僕は蓮ちゃんを起こすために椅子から立ち上がった。
言葉を交わすたび、視線が合うたび、どこか照れくさくてぎこちない空気――まるで付き合いたてのカップルのような甘い雰囲気に、胸の奥がくすぐったいようなむずがゆさに包まれる。
――と、その時だった。
バラララララララ……!
突如として、鋭く不穏なプロペラ音が静寂を切り裂いた。数台のドローンが高速で滞空する音だ。
不吉な予感に背筋が凍りつき、僕は慌てて窓の外へと目をやる。視線の先、青空を背景に静止していたのは――真っ赤な機体を持つ、5台前後のドローンだった。
「赤ドローン……!? まさか、赤AIか……!?」
脳裏に、かつてそうちゃんが警告するように言っていた言葉が、恐ろしいリアリティをもって駆け巡る。
『気をつけて。赤AIは見張りのAI……バグを発見し、修正、もしくは……消去する』
全身から一気に冷や汗が吹き出す。
間違いない、やつらだ。そして、あの赤AIたちの狙いは、人間である僕なんかじゃない。
『バグ』を起こしたAI――アイリスだ。
アイリスもまた、即座にその異変に気づいたようだった。しかし、彼女は逃げようとする素振りすら見せず、ただ静かに窓の外の赤い影を見つめたまま動こうとしない。
「アイリス!! 何やってんだよ!! あいつらの狙いは……っ!!」
僕がすべてを叫び終えるより早く、惨劇は訪れた。
『チィィィ……ン』
耳鳴りのような低い音が響いた瞬間、窓ガラスに見事なまでに正円の穴が開けられた。レーザーのような高熱で一瞬にして焼き切られたのだ。音もほとんどなく、衝撃すらない。あまりにも迅速で完璧な処理に、現実感が追いつかない。
「行くぞ!! こんなところにいたら、どうなるか……っ!!」
僕はなりふり構わずアイリスへと駆け寄り、その細い腕を強引に引っ張った。
だが――彼女の身体は、まるで地に根を張ったかのように微動だにしなかった。
逆に、アイリスは僕の胸元へと手を伸ばすと、力任せに僕の襟元を掴み、ぐいっと顔を近づけてきた。
「ん……っ!?」
重なる唇。それは昨夜交わした甘く優しいキスとは全く違う、強引で、痛いほどの力で塞がれたものだった。困惑する僕の口内に、彼女の舌とともに一粒の小さな錠剤が滑り込んんでくる。
ゴクン、と半ば反射的にそれを飲み込んでしまった瞬間、アイリスはすっと唇を離した。
「……申し訳ありません、みなと様」
まっすぐ向けられる瞳に、言いようのない悲哀を宿しながら、彼女は儚く囁いた。
その時、異様な物音の大きさに目を覚ましたのだろうか。廊下の奥から、「……おにいちゃん?」と、幼い蓮ちゃんの足音がバタバタと近づいてくるのが聞こえた。
(だめだ! こっちに来ちゃ……!!)
声を出して制止しようとしたが、喉が引きつって音にならない。
アイリスは僕の手を振り払うように静かに離れると、ガラスの割れ目から侵入してきた赤ドローンたちの渦の中へと、自ら歩み寄っていった。
「アイリスっ……!! こっちに……戻れ……っ!!」
そう叫んだ瞬間、急激に世界がグラりと歪んだ。空間が曲がりくねり、立っていることすらできなくなって、僕はその場に膝から崩れ落ちる。
(まさか……さっきの薬が……!?)
「あ……い……リ、ス……!! 行くな……行かないで……くれ……っ!!」
視界が真っ暗な闇に呑み込まれていく。重たくなる瞼に抗うすべもなく、僕が最後に聞いたのは――アイリスを押し包むように鳴り響く、赤ドローンの冷たい羽音だけだった――




