2人の距離
蓮ちゃんの寝顔を確認し、今度こそ起こさないよう細心の注意を払う。またアイリスに視線を向けると、やはり目が合い、心臓がドクッと跳ね上がる。
「みなと様。また、心拍数が急上昇しておりますがお体どうかされましたか……?」
暗闇の中で、アイリスの静かな声が自分の鼓動の音に混じって届く。
相変わらず真顔でデータとしての心配をしてくる彼女に、僕は呆れ半分、諦め半分の息を吐いた。そして、蓮ちゃんが起きないよう、小さな声で返す。
「体調不良じゃ……ないよ」
「では、一体……」
「アイリスのせいだよ」
「私、ですか……?」
不思議そうに首をかしげるアイリス。僕は意を決して、少しだけ身体を起こし、蓮ちゃんとチョコを挟んだ向こう側にいるアイリスの顔を覗き込んだ。
「データ収集とか、被検体のサポートとか……そういうの抜きでさ。……今のアイリスは、どう思ってるの?」
「どう……とは?」
「僕とこうやって同じ布団とか……、嫌じゃないか……ってこと」
問いかけると、アイリスの瞳が微かに揺れた。いつもなら即座に「最適なプロトコルに基づき〜」と完璧な回答を返すはずの彼女が、数秒間、珍しく言葉を詰まらせたのだ。
「……嫌、ではありません。ただ……」
「ただ?」
「胸の奥のコアモジュールが過熱し、処理速度が低下するような……未定義の領域が発生しています。みなと様に触れられると……私の中の回路が、とても熱くなるのです」
その言葉は、大神さんが言っていた「AIのバグ=感情」そのものに思えた。
データ処理なんかじゃない。今、アイリスは確かに「僕」を意識してくれている。
「……そっか」
胸の奥が熱くなり、寝ている蓮ちゃんの頭元に手をついて身体を起き上がらせた。ギシッとベッドが軋む音がした。アイリスは僕に引き寄せられるように同じようにベッドへ手をつき僕との距離を縮める。
僕がそのまま顔を近づけると、また同じようにアイリスも近づいたので、吐息がかかるくらいの距離になった。そして、アイリスはゆっくりと長く美しいまつ毛を伏せた。
自然にふわりと重なる唇。お風呂上がりの甘い石鹸の香りと、彼女の柔らかく温かな感触が脳裏を痺れさせていく。最初は触れるだけの短いキスのつもりだったのに、一度触れてしまうと、今まで抑え込んでいた愛おしさと欲望が一気に溢れ出しそうになった。
(あ……ダメだ、これ……止まらなくなる……っ)
そのまま吐息が重なり、互いの距離がゼロになる。
身体を起こし、アイリスを抱き寄せようと腕を伸ばした、最高潮の瞬間――。
「んんっ……!! むにゃむにゃ……」
「つっ……!?」
真ん中でスースーと眠っていた蓮ちゃんが、豪快にゴロゴロと寝返りを打った。そしてそのまま、僕とアイリスのど真ん中に向かってバッと両手を広げ、思いっきり割り込んできたのだ。
さらに、蓮ちゃんの動きに反応したチョコが「くぅ〜ん」と甘えた声を上げながら、ドサッと僕の胸の上に頭を乗せて乗っかってくる。
「ぐふっ……!?」
完全に分断された僕とアイリス。甘い空気は一瞬で吹き飛び、僕の目の前には蓮ちゃんの小さく可愛らしい足と、チョコの大きな顔が迫っていた。
「……みなと様」
蓮ちゃんの頭越しに、アイリスがそっと声をかけてくる。その顔はほんのり朱に染まっているようにも見えたが、彼女はコホンと小さく咳払いをした。
「……蓮様とチョコ様のバイタルデータが過剰に接近いたしました。これ以上のスキンシップの継続は……物理的に困難であると推測されます」
「……だよね。分かって……分かってるよ……!!」
僕は天を仰ぎ、胸の上のチョコを撫でながら深いため息をついた。
だけど、隣で少し照れくさそうに微笑むアイリスと、無邪気に寝息を立てる蓮ちゃん、そして温かいチョコの体温を感じていると、なんだかすべてが可笑しくて、愛おしくてたまらなくなった。
結局、僕はそれ以上進むのを諦め、蓮ちゃんとチョコの頭を優しく撫でながら、アイリスと静かに目を合わせて微笑み合うのだった。




