添い寝
お風呂上がりで髪がサラサラになった蓮ちゃんは、リビングの柔らかいマットの上にゴロンと横になり、チョコと一緒にのんびり過ごしている。
ちなみに着替えの服がなくてどうしようとアイリスに相談したら、秒でネット注文してくれて、ほんの数分後にはドローンがベランダまで配達してくれた。本当に便利な世の中だ。これなら外に一歩も出ずに何でも用事が済んでしまうんだろうな、と科学の進歩に感心してしまう。
チョコを撫でながら、蓮ちゃんが小さく「ふあぁ」とあくびをした。眠そうに目をこすりながら、ポツリと呟く。
「ママは……?」
(……ッ!?)
ドクンと胸が大きく鳴り、喉の奥がキュッと詰まる。なんて答えたらいいのか分からず、言葉に詰まってしまう。
「おにいちゃんとおねえちゃんは、ママのおともだちなんだよね……? ママはどこ……?」
不安そうに眉を寄せる蓮ちゃんを前に、僕が冷や汗をかいて動揺し始めると、すかさずアイリスが助け舟を出してくれた。
「お母様は用事があるようでして、ここで私たちと一緒に待っていてほしいと頼まれているんですよ。ですから今夜はここで一緒に眠りましょうね。さあ、あちらのお部屋へ……」
アイリスが優しくなだめながら、寝室へと連れて行こうと手を取る。
「やだ!!」
(どうしよう……!! こんな時、子供になんて言えば……!!)
僕が心の中で頭を抱えていると、蓮ちゃんはアイリスの手を振りほどいて僕の服の裾をキュッと掴んだ。
「やだやだ!! おにいちゃんも一緒がいいー!!」
「え……!!」
あ、でも……! 『ママがいい!』って大泣きされるよりは、僕と一緒がいいって言ってくれる方がまだマシか……?
……って、え!? 待って!? 一緒って……どういうこと!?
蓮ちゃんだけならまだしも、それって必然的にアイリスと同じ布団で寝るってことにならないか……!?
(お風呂上がりのパジャマ姿のアイリスと……同じ空間で川の字……!?)
パニックになりながらアイリスに助けを求めるように視線を送ると、彼女はいたって平然とした顔で優しく微笑んだ。
「私は構いませんが、みなと様がお一人でないと落ち着かれないのでしたら……」
「えー! やだよー! おにいちゃんもチョコも一緒がいいー!!」
(……あ、蓮ちゃんにとっての僕って、実質チョコと同類なのかもな……)
少し切ない悟りを開きかけていると、蓮ちゃんがくりくりとした可愛らしい瞳で、潤んだ上目遣いに僕を見上げてきた。
「……だめ……なの……?」
うっ……!! そんな天使みたいな顔で見つめられたら、断れるわけがないだろっ……!!
変な妄想や不純な下心は一切ない!! 断じてない!! すべては可愛い蓮ちゃんのため、そして平和な夜を迎えるためなのだ!!
「……はぁ。蓮ちゃんがそう言うなら……一緒に寝よっか」
僕は必死に平常心を装いながら、仕方なさそうに首を縦に振った。
もちろん、この家にあるシングルかセミダブルほどのベッドに、大人二人と子供一人、そして大型犬一匹が収まるわけがない。部屋の明かりを落としたベッドの上は、まさにすし詰め状態だった。
壁側から順に、アイリス、真ん中に蓮ちゃんとチョコがゴロゴロと陣取り、一番外側の端っこに僕がしがみつくように横たわるという、文字通り「ぎゅうぎゅう」の配置である。これじゃあ寝返りなんて打てそうにない。
(一番外側の僕から万が一落ちたら、下はフローリングだし痛いだろうな……)
そう思って、僕はそっと起き上がり、ベッドの端の床にクッションをいくつか敷き詰めておくという涙ぐましい事前準備をしたのだった。
布団に戻ると、蓮ちゃんは「ふふっ、おにいちゃん……」と、とても楽しそうに僕と手を繋いできた。反対の手ではアイリスと手を繋いでいる。仰向けになり落ち着いたようにニッコリと可愛い笑顔を浮かべている。
けれど、その小さな温もりも、時間の経過とともにウトウトと意識が遠のくにつれて、ふっと力が抜けてほどけていってしまった。
――それより、問題はここからだ……!!
すぐ隣から漂ってくる、お風呂上がりほやほやのアイリスの「石鹸の匂い」が、鼻をかすめて僕の理性を容赦なく刺激してくる。
いつもは別の部屋で寝ているし、車の中で一度だけちょっといい雰囲気に……なりかけたこともあったけれど、それ以降、こんな至近距離で眠る機会なんてなかった。
しばらくすると、蓮ちゃんの規則正しく穏やかな寝息がスースーと聞こえてきて、僕はホッと胸を撫で下ろした。
(よし、寝たな……)
どうしよう。ベッドの下に寝る場所を移動する? だが、それでは蓮ちゃんが寝返りでベッド下へ落ちるかもしれない。それに、動いたらその振動で蓮ちゃんが起きたり……
色々考えながら、薄暗い室内の明かりの中、すやすやと可愛い寝顔で眠る蓮ちゃんを横目で確認し、僕はそっと首を巡らせて、反対側にいるアイリスの方へと目をやった。
……と、次の瞬間。
暗闇の中で、パチッ、とアイリスの瞳がまっすぐ僕を捉えた。
(うわっ、まだ起き――っ……!)
心臓がドクンと大きく跳ね上がる。
この至近距離、静寂、そして子どもが寝ているという完璧な(?)シチュエーション。
頭の中で、冷や汗を伴った葛藤がフル回転する。
思い出すのは、以前の甘い空気。あのときは確か、いい感じになりかけたところでチョコに盛大に邪魔をされたっけ……。
アイリスの基本スタンスを頭をフル回転させ思い起こす。彼女はあくまで「被検体4という俺の心理的・生理的データの採集とサポート」が最優先。だから、もし僕がその気になって「あの、その……」なんて誘おうものなら、彼女は間違いなく、
『承知いたしました。生殖活動およびスキンシップに関するデータ収集ですね。衣服を脱衣しますか? それとも私のシステムで最適なプロセスを実行いたしますが、いかがなさいますか?』
なんて、顔色一つ変えずに真顔で言い出しかねないのだ。
(いや、嬉しいような、ありがたいような……でも、ロマンチックもクソもないっていうか、むしろこっちが恥ずかしくて死にそうになるパターンだろそれ……っ!)
ドキドキと冷や汗が入り交じる中、アイリスは静かに瞬きをすると、唇をわずかに動かして、小声で囁いた。
「みなと様……。何か、心拍数が上昇しておられますが、体調不良でしょうか?」
(心拍数までデータで監視されてるーーっ!!)
僕は顔を真っ赤にしながら、布団の中でぐっと拳を握りしめた。




