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20年ぶりに目覚めた僕は、他人の身体になってました。~2046年、案内人の美少女は中身AI~  作者: VANRI


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違和感

「ワンッ!」


 鋭い鳴き声が、沈黙に支配されていた車内に響き渡った。助手席のホログラムウィンドウの中で、チョコが寂しそうに、けれど僕を呼ぶように画面の向こうからこちらを見つめていた。その声に弾かれたようにハッと息を呑み、僕は現実へと引き戻される。


「……僕は……病気で死んだんじゃ……なかったってこと……?」


 掠れた声で漏らすと、アイリスは静かに、けれど一切の乱れもなく首を肯かせた。


「ご自身では、何らかの病で亡くなったと思い込んでおられたのですね」


「あ……ああ……」


 頭の中が真っ白になり、冷や汗が背中を伝っていく。


 病死じゃなかった。親に……殺された?


「僕は……どうして……ああなった……?」


「申し訳ありませんが、詳細までは把握出来ていません。どうして亡くなったか、という漠然とした情報のみ保存されています」


 アイリスの申し訳なさそうな顔を横目に、頭の奥底に追いやられていた記憶の糸をたぐり寄せ始めた。


 あの最後の日。視界が急速に狭まっていく中で見たのは、父さん、母さん、そして妹の顔だった。みんな、どんな表情をしていたっけ。泣いていたのか、それとも――。


(その前は……?  その前は、どうだった……?)


 思い起こせば、何の変哲もない日常だったはずだ。普通に学校へ行って、友達と話して、帰ってきて。

あの日も、いつも通り朝起きて着替えて、学校へ行くために玄関で靴を履こうとして家を出ようとした。

その時だ。


 突然、世界がぐにゃりと歪み、激しい眩暈とともに大きくふらついた。そのまま意識を失って――次に目を覚ました時には、僕は自分の部屋のベッドの上にいた。


そ の時にはもう、指一本すらまともに動かせなかった。身体から急速に力が抜けていき、声すら出せなくなっていた。


(じゃあ……その前……!?  倒れる、もっと前になにがあった……?)


 記憶の霧を必死に押し開けようとするほど、胸の奥が痛いほど激しく脈打ち始める。僕が「病気」だと思い込んでいたあの身体の異常は、一体いつから、どうやって始まっていたのだろう。


「アイリス!! 僕の家……実家に行きたい!!」


 気づけばそう叫んでいた。家に行っても何かの情報が得られる根拠なんてない。だが、居ても立ってもいられないのだ。


「かしこまりました。では、ご実家の方へ向かいます」


 アイリスが僕の感情の動揺などに影響されることなく行き先を車のディスプレイに入力する。車は方向を変え、以前行った僕の実家へと走り出した。


 しばらくすると、僕の実家の前に車が静かに停車した。アイリスと一緒にドアを開けて外へ踏み出す。空を見上げると、西の空が深みのあるオレンジ色と紫色のグラデーションに染まり始めていた。もう夕方近くの時間なのだろう。


(太陽の沈み方は、僕がいた頃とずっと変わらないんだな……)


 そんな取り留めのない思いが頭をよぎるけれど、胸の奥で早警を鳴らす激しい鼓動は一向に収まりそうもなかった。


 この前と同じように、隣の空き家の物陰に身を潜める。息を殺し、生け垣の隙間から実家の居間をそっと覗き込んだ。部屋の中には電灯が点いており、橙色の光が室内を照らしている。


 だが――そこにいたのは、母さんでも妹の結月でもなかった。


 ぽつんと部屋の真ん中に置かれた机の前に、一人の小さな男の子が座っていた。


「あれ……?  母さんや結月は……?」


 思わず低く呟く。


 男の子は机の上に置かれた小さなディスプレイを一生懸命に見つめている。けれど、どこか心細そうに、時折きょろきょろと誰もいない周囲を見回していた。見たところ、まだ3歳くらいの幼い男の子だ。いくら技術が発達した時代とはいえ、こんな小さな子を一人で留守番させるなんて危険すぎるはずなのに。


 すると、奥の部屋からすーっと滑らかな動作で一台の生活支援ロボットが現れた。ロボットは温かい湯気が立つ食事の載ったトレーを運んでくると、男の子の目の前にそっと差し出す。男の子は小さく不器用な手つきでそれを受け取り、危なっかしく机の上へプレートを並べ始めた。


 大人の姿は、どこにも見当たらない。


(あの子は……?  父さんや母さん、結月は一体どこへ行ったんだ……?)


 夕闇が迫る静寂の中で、僕の胸の中の不穏な胸騒ぎは、さらに大きく膨らんでいくばかりだった。


 その子は、成長した結月の子供なのだろうと予測できた。辺りは刻一刻と暗さを増していくのに、家の中に大人や他の人間の気配は一向にない。時間が経つにつれて、僕の胸の中の胸騒ぎと不安はどんどん膨らんでいった。


「まさか……何かあったんじゃ……」


 思わず不安を呟くと、隣に寄り添うアイリスが耳元で静かに囁いた。


「みなと様、もう帰りませんと。日が落ちれば危険な時間になります」


「あ……そうだったな……」


 この世界の夜の危険さは、黒AIに襲われたあの恐怖で痛いほど身に染みている。けれど、あんな小さな子を暗い家の中に一人残していってしまって本当にいいのだろうか。

 ロボットが身の回りの世話をしてくれるから、この時代ではこれが「普通」の日常なのだろうか。


「さあ、車を手配しますね」


 アイリスに優しく促され、僕は後ろ髪を引かれる思いで生け垣の狭い隙間を抜け、路地へと出た。


 ――その直後だった。


 ガチャリ、と実家の玄関の扉が勢いよく開く大きな音が響いた。

 反射的にパッとそちらへ視線を向けると、開いたドアから、さっきの小さな男の子が裸足のまま外へ飛び出してきたのだった。




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