新たな真実
サチさんの声には、絶望すら通り越した静かな諦念が滲んでいた。
彼女の専属AIは、甲斐甲斐しく彼女のケアを続けている。その姿は完璧な夫のようでありながら、中身は決められたプロトコルに従って動くただの機械だ。
「サチさん……その専属AIの方は……」
「ああ、彼ですか? これはね、夫が一番輝いていた若い頃の姿を模したものですよ。……まあ、実際の夫には、似ても似つかないんですけどね」
サチさんは少し寂しそうに笑った。
「どれほど優れたAIを使おうと、どれほど精巧に作ろうと……結局、人間には似ても似つかない存在でしかないのでしょう。人々はAIを人間と同じだと思おうとし、愛した人の代わりにしようとする。けれど……そうはできないし、なれはしないのです」
似ても似つかない存在――その言葉が、僕の胸に重く突き刺さる。
サチさんと専属AIの間にあるのは、完璧なシステムがもたらす「埋めようのない絶対的な孤独」だった。どれだけ技術が進歩しても、そこに本物の心や意思がなければ、人間とAIは永遠に平行線のままなのだろう。
僕はサチさんの言葉に何も返すことが出来ずに口をつぐんだ。
施設を後にし、車へと向かう帰り道。
僕は隣を静かに歩くアイリスの横顔を見つめた。サチさんの言う通り、AIは人間にはなれないのかもしれない。
けれど――プロトコルを破り、命令に背いてまで僕の側にいようとしてくれたアイリスのあの「バグ」。あれこそが、サチさんの専属AIにはない、僕とアイリスだけの「心」の芽生えなのではないだろうか。
「……アイリス」
「はい、みなと様?」
僕が呼びかけると、アイリスはいつもと変わらない澄んだ瞳で僕を見つめ返した。僕は何も言わず、ただ彼女の冷たい手を、奪われてしまわないように強く握りしめた。
静寂に包まれた車内。窓の外を流れる無機質な街並みを眺めながら、僕は大神サチさんとの会話、そしてこれまでに出会った被検体たちのことを頭の中でひとつひとつ手繰り寄せていた。
(被検体1は、大神サチさん。……被検体2は、そうちゃん。被検体3は、丈一郎さん。そして、被検体4が……僕)
そうか――ふと、頭の中でバラバラだったピースが綺麗に噛み合っていくような感覚があった。僕はハッとして、助手席のアイリスへ向き直る。
「アイリス、僕、分かったかもしれない」
「何がお分かりになられたのですか?」
アイリスは膝の上で静かに手を重ね、いつも通りの穏やかな微笑みを向けてくる。
「この『被検体』の分け方だよ。被検体1の大神サチさんは、高齢者を蘇らせた場合のデータ。被検体2のそうちゃんは、幼い子供を蘇らせた場合。被検体3の丈一郎さんは、全盲の人間を蘇らせた場合……。そして被検体4の僕は、若い人間を蘇らせた場合の経過データを見るためなんじゃないか……!?」
自分の推測に確信を持ちながら一気に捲し立てる僕を、アイリスは静かに見つめていた。その瞳は澄み切っていて、車のウィンドウ越しに差し込む夕日を淡く反射している。
「なるほど。非常に論理的で、美しい推論です」
アイリスは小さく頷き、柔らかく微笑んだ。
「大筋の捉え方としては合っています。……ですが、みなと様。ほんの少しだけ、訂正が必要です」
「訂正……?」
僕の言葉に、アイリスはいつもの心地よい声で淡々と説明を続ける。
「被検体1の大神サチ様は、『高齢者』ではなく『圧倒的な天才的頭脳の保持者』。被検体2のそうちゃん様は、『幼い子供』ではなく『ギフテッド』。被検体3の丈一郎様は、仰る通り『全盲の人間』……」
彼女の淡々とした解説を聞きながら、僕は胸の奥に薄暗い違和感を覚え始めていた。
1から3までは、個人の『能力』や『肉体的な特徴』についての分類だ。なら、やっぱり4である僕は『若い人間』というカテゴリーなのではないか。
そう問いかけようとした、その時だった。
アイリスの言葉が、ふっと途切れた。
「……」
わずかな間。車内からすべての音が消え去ったかのような、息が詰まるほどの沈静。
アイリスは静かに僕の方へ首を巡らせた。その口元には相変わらず可憐な笑みが浮かんでいる。けれど、その瞳の奥には光が一切宿っておらず、まるで底なしの深淵を覗き込んでいるかのような、冷徹で客観的な『観察者』の光が宿っていた。
静寂を割って、彼女の唇が滑らかに動く。
「そして、被検体4であるあなたは――」
何かを察した鼓動が、ドクン、と大きく跳ね上がる。
「――親に殺された人間、です」
「……え?」
意味が、理解できなかった。
「……親に……殺された……?」
オウム返しに呟いた自分の声が、遠くから聞こえる。
「ええ。肉体や年齢ではなく、『実の親によって生命を絶たれた経験を持つ精神体』が、この世界でどのような経過を辿るか。それが、被検体4であるみなと様の収集データ項目です」
アイリスの声はどこまでも優しく、そして恐ろしいほどに平坦だった。車内に流れるエアコンの低い機械音だけが、やけに大きく耳に響く。
今まで感じたことのない、見えない恐怖がすぐそばに近づいているような気がした。




