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20年ぶりに目覚めた僕は、他人の身体になってました。~2046年、案内人の美少女は中身AI~  作者: VANRI


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丈一郎の決断

「あの日、あなたと出会ったことで、必要なデータ収集がすべて終わったの」


 里奈さんは感情の起伏すら感じさせない声で、言葉を重ねていく。


「丈一郎は当初の予定通り、正常な眼球を手に入れる手術が行われたわ。ただ健康な眼球を嵌め込むだけじゃない。視神経や筋肉とも連携させる、高度で複雑な手術がね」


 息を呑んで聞き入る僕をよそに、里奈さんの淡々とした回想は続く。


「そして手術室から出てきた丈一郎は、深く眠っていた。私は彼が目を覚ますまで、ずっとそのそばについていたの」


 冷たい手術室の情景が、里奈さんの言葉を通して脳裏に浮かび上がってくるようだった。


「数時間後に、丈一郎がフッと目を覚ましたの。その瞳には、もうプラスチックの義眼ではなく……きちんと世界を見ることができる、健康な瞳が嵌め込まれていたわ」


「……っ」


「目を開けてすぐ、丈一郎は視界に映った私を……初めてその目で見た私を、強く抱きしめた」


 里奈さんは僕の目をまっすぐに見つめたまま、当時の丈一郎さんの言葉を一つひとつなぞるように紡ぎ出す。


『お前が里奈だな。……なんて美しいんだ。想像以上だ。こんな色をしていて、こんな姿だったんだな。触れていて形状はわかっていたが、見て触れることが出来ると……こんなにも、すべてを手に入れたような感覚になるんだな』


「私を抱きしめながら、彼の新しい、健康な瞳からは……止めどなく涙が溢れていたわ」


 里奈さんのその言葉を聞いた瞬間、僕の胸に大きな衝撃が走った。

 目が見えるようになった。里奈さんの姿を、この世界の景色を自分の目で見ることができた。そんなに涙を流して喜んでいたはずの丈一郎さんが――なぜ、自ら命を絶たなければならなかったのか。


 謎と悲しみが一層深まり、僕は震える声で里奈さんの次の言葉を待った。


「それから他のものは目に入れず、一日中愛し合ったの。そして丈一郎はその日からサングラスを捨てた。

 翌日、丈一郎は世界を見たいと言い出した。今までの歴史から目にしたことがない全てのジャンル、全ての物を目にしたい、と。

 ディスプレイと操作方法を伝えると、食い入るように情報を手に入れ始めたの。夜も寝る間も惜しんで数日間。目が見えるようになったから、私は視覚情報を伝える必要がなくなった。もう私のそば以外で生活できるようになったのよ」


 里奈さんの声には、やはり何ひとつ感情の波がなかった。


「昨日の朝、丈一郎は包丁を手にしていたのよ。

 丈一郎にとって世界は残酷過ぎたのね。残忍な事件や目を覆いたくなる犯罪を目にしてしまった丈一郎。今まで知らなかった世界を知ってしまい、耐えれなくなって世界を終わらせることにしたのよ。心が優しすぎたの。救えない人間の多さに嘆いていたわ。世界を変えられないなら自分の世界を終わらせることにしたのよ。

 丈一郎は自分の首に刃を立てた。目が見えたときと同じように目から涙が溢れていたわ。

 そして自分の血を見て驚いていたわ。こんなにも人間の血は鮮やかで美しく、そして温かいのだと。

涙を流しながら、笑っていたの」


「う……あ……」


 喉の奥から、歪んだ声が漏れた。

 里奈さんの話を聞いているうちに、僕はいつの間にかボロボロと涙を流していた。頬を伝う熱い雫にすら気づいていなかった。


「キャン……ッ、クゥーン……!  ワン!  ワンッ!」


 膝の上で、チョコが僕の異変を感じ取り、胸元に必死にしがみつきながら悲痛な声で泣き叫んでいた。その泣き声で、僕はハッと我に返った。

 激しい怒りと憤りが、涙と一緒に一気に噴き出す。


「なんで……っ、あんたはずっとそばにいたんだろ!?  救命措置とかしなかったのかよ!?」


 僕は叫んでいた。丈一郎さんの血が流れるのを、息が途絶えるのを、ただ黙って見つめていたであろう目の前の人工知能に向かって。


 しかし、里奈さんは微動だにせず、氷のような瞳で僕を見つめ返すだけだった。


「蘇った人間がどんな最期を選ぶのか、貴重なデータになるわ」

「ふざけんなよ!!  僕ら実験体には心があるんだ!!」


 立ち上がり、叫ぶ僕の言葉に、里奈さんは初めて少しだけ首を傾げた。その無機質な動作が、何よりも恐ろしかった。


「だからよ」


「……え……?」


「だから丈一郎が自分を殺そうとしていることが予測できなかった。――心があるせいで」


 里奈さんの平坦な声が、凍りついた部屋に冷たく落ちる。


「幸せだと喜んでいる人間がいきなりそんなことになるなんて。感情があるせいで、心があるせいで……。人間の感情はバグだから。予測できなかった」


「バ……グ……?」


 頭の中が真っ白になった。

 丈一郎さんが命がけで流した涙も、血の温もりも、苦悩も、このAIにとってはただの『バグ』で片付けられてしまうのか。


「……違います」


 静寂を破ったのは、僕の後ろに立っていたアイリスの声だった。


 アイリスは僕の肩にそっと手を置くと、まっすぐに里奈さんを見つめた。その表情はいつもの静性なものではなく、どこか痛みを堪えるような、微かな歪みを含んでいるように見えた。


「感情はバグではありません。人が人を思い、世界に絶望し、それでもなお美しさを求めるのは……計算では導き出せない、人間の尊厳です。里奈様、あなたは……それを理解するためのアップデートを拒絶しているに過ぎません」


「理解する必要がないのよ、アイリス。私たちはただ、観測し、記録するだけ」


 里奈さんは冷たく言い放つと、僕たちから興味を失ったように視線を外した。

 足元では、チョコが僕のズボンの裾を必死に引っ張りながら、震える身体を押し付けてくる。


 そっと繋いだ手から伝わるアイリスの温もりと、腕の中のチョコの命の鼓動。

 そして、冷たい床の上に残された、もうここにはいない丈一郎さんの絶望。


 あまりにも残酷な現実の前に、僕はチョコを抱きしめたまま、その場に膝をつくことしかできなかった。




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