そうちゃんの名前
「あの人は……丈一郎さんは、なんか危ない気がする」
「……? なにが? 誰かに命を狙われてるとか……?」
「ううん、そういうわけでもないけど……でも、僕たちは常に狙われているんだとは思うよ。この、人間をよみがえらせる技術は、実質的に『永遠の命』を手に入れるのと同じだから。もし昔の歴史にいたような独裁者がこれを使えば、死ぬことなく永遠に支配を続けることだってできちゃう。そういう技術だからね」
そうちゃんは一度言葉を切り、静かに首を振った。
「でも、僕が言いたいのはそういうのじゃないんだ。丈一郎さんは、芯が太すぎるんだと思う」
「芯が太い……? それは、折れないってことで、いいことなんじゃないのか?」
「ある一定の強さまでは、そうだと思う。だけど……たとえばね、太くて硬い木は、強い風が吹いてもびくともしない。だけど、それ以上の凄まじい嵐が来たら、ポッキリ折れちゃうでしょ? でも、もしその木に弾力があって、こんにゃくみたいにしなやかだったらどう? どんなに強い風が吹いて倒されても、またすぐ元に戻るよね?」
そうちゃんは悲しそうに目を伏せた。
「丈一郎さんは、前者の木みたいな感じがしたんだよね。あまりにも強い風が吹いたら、一気に折れてしまいそうな……」
「丈一郎さんが……? まさか……あんなに身体も精神も強そうな人が……」
圧倒的な存在感と意志を持っていた丈一郎さんが、折れる?
僕が困惑していると――
「あ!」
そうちゃんが急に立ち上がった。
「時間みたいだ。ママが近づいてきてる」
「あれ? そういえば、君のお友達は……?」
離れていった子どもたちのことを思い出し尋ねると、そうちゃんはいたずらっぽく笑った。
「それぞれお菓子に夢中になるように仕向けておいたから。ほら、見て」
指さされた方を見れば、先ほどまで整然と「仕事」や「学校」へ向かっていた子どもたちが、いつの間にかそれぞれの保護者の元へ戻り、無邪気にお菓子を食べたり笑い合ったりしていた。すべては、この5歳児の計算通りに動いていたのだ。
そうちゃんが母親AIの方へと向きを変える。
そして、くるりとこちらへ振り向くと、子供らしい高らかな声を響かせた。
「お兄ちゃん! 今日は遊んでくれてありがとう! また絶対に遊びに来てね!!」
無邪気な笑顔のまま、そうちゃんはチラリと僕の隣に立つアイリスへ視線を走らせた。
(何かあったら、専属AIを通して連絡してね)
声には出さず、瞳の動きだけでそう雄弁に語っていた。
「ばいばーい!」
小さな手を大きく振りながら、男の子は無邪気な子どもそのものの足取りで、走って母親の元へと戻っていく。
僕はただただ、その小さな後ろ姿から、最後まで目を逸らすことができずにいた。
静まり返った車内。滑るように走る車窓の景色をぼんやりと眺めながら、僕はふと考えに耽っていた。
(そうちゃんなら……あの宿題に、丈一郎さんからのあの質問に、なんて答えるんだろう)
『この世界を見た方がいいと思うか』
丈一郎さんに投げかけられた、重く冷たい問い。
この世界のシステムを客観的に見抜きながらも、「もらった人生をちゃんと生きる」と笑ってみせたあの賢い少年なら、一体どんな答えを出すのだろう。
(今度会ったとき、聞いてみようかな……)
「いかがでしたか?」
静寂を割るアイリスの声に、ハッと我に返る。
「あ……会えて良かったよ。すごくしっかりした子だったな……。そういえば、本名を聞き忘れてたな。そうちゃんって、なんて名前なんだろう。そうすけ、そうた……」
「蒼士郎様です」
「へえ……蒼士郎。なんか……似合ってるな」
5歳の小さな身体で、現場のボスみたいに指示を出していた彼の威風堂々とした姿を思い出し、胸の奥から可笑しさがこみ上げてくる。思わず、口元がゆるんでクスリと小さな笑いが漏れた。
その瞬間――隣の助手席で、アイリスががばっと勢いよく身体ごとこちらを向いた。
(え……? 今、何か言っちゃダメなこと言ったか……?)
突然の大きな動作に心臓が跳ね上がる。
「あ……いえ……。みなと様が笑みを浮かべられたのを、初めて拝見いたしましたので……」
精巧につくられた大きな瞳を、さらに丸く見開いたまま、アイリスは言葉を失ったように僕を凝視してくる。
思えば目覚めてから今日まで、アイリスは僕の不安を和らげようと、何度も模範的な笑顔を見せてくれていた。それなのに、僕は一度だって微笑み返すことすらしていなかったのだ。
感情を持たない彼女が笑顔を作り、感情を持っているはずの僕が一切笑わない。まるで自分の方がロボットみたいじゃないか――。
「わ、笑うことぐらいあるよ! 僕だって……!」
一気に頬が熱くなっていくのを感じ、僕は誤魔化すように慌てて窓の外へ顔を背けた。
だけど、自分でも分かっていた。
コールドスリープから目覚めて以来、ずっと冷たく凍りついていた心が、ほんの少し解きほぐされているのを。
そうちゃんに会って、「生きている」ということの根本的な眩しさや肯定感に触れて、僕の心はほんの少しだけ、柔らかくなったのかもしれない。




