真意
(……もしかして、この子は丈一郎さんと会ったとき、あえて『普通の子供』のふりをしたんじゃないだろうか……?)
脳裏に、あの冷たい面会室で「あいつらとは会話にならない」と諦めきった顔で吐き捨てていた丈一郎さんの姿が浮かぶ。
もし丈一郎さんが、この子の恐ろしいほどの知性と会話能力を知っていたら、間違いなく言葉を交わしていたはずだ。けれど、あまりに幼い見た目と『おままごと』をする姿だけを見て、最初から会話を諦めてしまったのではないか。
「なあ……丈一郎さんって人には、会った?」
僕が尋ねると、そうちゃんは手の中のプラスチックのリンゴをころころと転がしながら、小さな首を傾げた。
「ああ……僕の後に、被検体として蘇った人だよね?」
「うん。どうだった?」
「あんまり話してないんだ。目が見えてない人でしょ? 体も大きいし、女の人がずっとくっついてるし……なんか怖かったから、あんまり話さなかったんだ」
「怖かった、か……」
(……なんだ、やっぱり子どもらしい部分もあるんじゃないか)
どこかホッとしたような気持ちになり、僕は少し表情を緩めた。あの厳格で異彩を放つ丈一郎さんなら、5歳の子供が恐怖を感じて縮こまってしまうのも無理はない。
「そっか。そうだよね、あの人、見た目もちょっと威圧感あって怖いもんね」
「うーん……雰囲気とか、そういうのじゃなくて」
そうちゃんは小さな両手で持っていたリンゴを置くと、酷く澄んだ瞳で僕を真っ直ぐに見つめてきた。
「目が見えない人って、怖いんだよ。目だけじゃない。耳が聞こえない人とか……何か『足りない』人って、怖い」
「え……? なんで? 見た目の問題じゃなくて……?」
「うん。どこか足りない部分がある人の世界って、その人にしか分からない独自の感覚があるでしょ? その人だけの考え方や世界の捉え方がある。それを体験したことがない僕には、絶対に想像できないから」
「え……」
絶句した。5歳児の口から出たとは思えない、深すぎる洞察。僕は言葉を失って息を呑むことしかできない。そうちゃんは静かな声で、淡々とその真意を紡いでいく。
「それにさ、何か足りない人って、残っているものでそれを補おうとするでしょ? たとえば目が見えない人は、視覚に頼らない分、他の人と比べて嗅覚や聴覚が異常に鋭くなったりする。そんなすごい人たちと同じ空間にいるなんて、怖いよ。……僕の考えてることまで、全部見透かされてそうで」
そう語るそうちゃんの背後に、小さな身体とは裏腹な、恐ろしいほどの理性の影が見えた気がした。
「君は……これからどうするの?」
「うーん、まだわかんない。でもね、僕は本当ならあのまま死んでたのに、こうやってまた生きられているなら、この世界をもっと知りたいって思ってるんだ」
そうちゃんは手の中のプラスチックのお皿を愛おしそうに撫でながら、前を見つめた。
「だって、あのままだったら、僕は5歳で人生が終わってた。けど今は、その先に出来たはずのことを体験できるってことでしょ? 大人にもなれるかもしれない。
だから、この身体をくれた人に感謝しなくちゃいけないって思ってるんだ。この人からもらった人生を、僕はちゃんと生きていくんだよ」
そう言って、にこっとひまわりのように笑うそうちゃん。
そのあまりに真っ直ぐで力強い言葉に、胸の奥が熱くなり、思わず目頭が熱く込み上げてくるのを止められなかった。
「……そっか」
絞り出すような僕の声に、そうちゃんは首を傾げて覗き込んできた。
「お兄ちゃんは? 楽しくないの? さっきからずっと、悲しそうな顔をしてるよ」
「楽しい……? この世界で、楽しいと思えることなんて、あるのかな……」
呟いてから、ハッとする。
そう言われてみれば、僕はコールドスリープから目覚めてからというもの、奪われた過去に絶望し、歪んだ世界に怒り、変わってしまった大切な人たちを想ってずっと悲しんでばかりいた。
「本当はね、僕たち目覚める前の時点で死んでたんだよ? なのに今こうやって生きてるって、すごくない? 泣いてばかりいたら、身体をくれた人に申し訳ないよ?」
5歳の小さな身体に宿った、あまりにも大きくて健気な意思。
奪われたものばかりを数えて立ち止まっていた僕の心に、彼の言葉が強い楔のように打ち込まれた気がした。




