そうちゃん
そうちゃんはおままごとの準備を進めていく。だがその手つきや指示の出し方は、とても5歳の幼い子どもとは思えないほどテキパキとしていた。無駄のない立ち振る舞い、一切の迷いがない声のトーン。その姿は、まるで現場で手際よくタスクを配分していく上司のようだった。
そうちゃんは、周りの子どもたちに向かって淀みなく指令を飛ばす。
「みいちゃんはお母さんだから、お買い物に行ってきて!」
「たっくんはお父さんだから、お仕事に行ってきて!」
「あ、るりちゃんはお姉ちゃんだから学校に行ってきて!」
テキパキと言い渡された子どもたちは、何の疑問も抱かずに声を揃えた。
「わかったー!」
「はーい!」
そう返事をすると、彼らはそれぞれの役割に従い、機械のように規則正しくテーブルを離れていった。
周りの子どもたちが散らばり、それぞれの「役割」へ向かったのを確認すると、そうちゃんはそれまでの甲高い声をふっと落とし、静かに僕を見上げて口を開いた。
「お兄さんは、何年前の人?」
「……え? に、二十年前だけど……」
口にしてから、思わず胸の中で自嘲する。いくらなんでも、5歳の子どもに「20年前」なんて時間の感覚が理解できるはずもないだろう、と。
「そっか。僕は5年前」
「え……? そうなの?」
呆然とする僕をよそに、そうちゃんは平然と頷く。そのあまりに落ち着いた態度に押され、僕は喉の奥に引っかかっていた問いを思わず口にしていた。
「あの……お母さんは、本当の……?」
普通なら、5歳の子どもに向かって投げかけるような質問ではない。だが、目の前の異様な「大人びた雰囲気」のせいか、あるいは子どもだからこそ飾らずに聞けたのか。大人の被検体に「隣にいる人は本当の家族ですか」なんて、口が裂けても聞けやしないのだから。
「ううん、違うよ。僕のママに似てはいるけどね」
そうちゃんはあっさりと、どこか他人事のように首を振った。
口調があまりにも大人びていて、僕はいつの間にか彼を「5歳の子ども」としてではなく、対等な人間として同じ目線で会話してしまっていた。
「あの……どうして君は、そんなに大人っぽいの……?」
「んー……もともと。3歳くらいからずっとそう言われてた。『子どもらしくない』って。なんとか症候群……とかで、普通の人間じゃないって言われてたんだ」
その瞬間、頭の中に電撃が走った。
ハッと息を呑み、金縛りに遭ったように凝固する。
(そういうことか……!)
国家が膨大な資金と技術を投じてコールドスリープから蘇らせたのは、単なるランダムな過去の人間などではない。
『子ども』という枠組みでありながら、恐ろしいほどの知性と神童並みのタスク管理能力を持つ「優秀な人材」――。
次にこの世界を再構築し、発展させていくために必要な「優秀なサンプル」として、彼は選ばれ、蘇らされたのだ。
(……確かに、合理的だ)
胃のあたりにズシリと重い冷たさが落ちていく。
普通の5歳児がコールドスリープから目覚めたところで、時代の断層や親との別れを理解できるはずがない。パニックを起こして精神を病んでしまうのが目に見えている。
だが、この子なら――ずば抜けた知能と冷静さを持つこの「そうちゃん」なら、この異常な状況すら客観的に受け止められる。
僕や丈一郎さんのように、実験台として適当に選ばれた人間とは違う。
この子は最初から、この世界の未来のために「意図して残された優秀な人材」だったのだ。
僕の中に広がっていく確信と冷たい戦慄。
それを察してか知らずか、そうちゃんは小さく息を吐くと、僕の袖を軽く引っ張った。
「ねえ、見て」
そうちゃんは顎で、少し離れたベンチをしゃくってみせた。そこには、アイリスとあのAI移植者の『母親』が並んで座っている。
「普通はさ、あんな風に隣に座ったら会話するよね。でも、あのふたりはAI同士だから、必要な情報はあの腕時計みたいな端末で全部やり取りしちゃう。だから、会話する必要がないんだよ」
「……確かに」
並んで座りながら、ただ前方を無言で見ている二人の姿。不気味なほどの静寂にハッとなり、僕は慌てて声を潜めた。
「な、なあ……こんな風に自由に話して大丈夫なのか? 僕たちは常に見張られてるんだろ? 盗聴とか……」
僕の焦りようがおかしかったのか、そうちゃんはケラケラと幼い声をあげて笑った。
「ははっ……それなら大丈夫。僕の専属AIに、僕らの会話が盗聴されないよう設定を変えさせてるんだ。ついでに、このドーム内の集音マイクからも音声を拾いにくく補正させてるから……まあ、今のところはね」
「えっ……!? そんなことまでできるのか!?」
「うん。僕ら専属のAIは、僕たちの命令が最優先だからね。それくらいの設定変更なら余裕だよ。長い時間は難しいかもしれないけど」
あ然として、言葉を失う。
5歳の見た目をしたこの子が、システムの裏をかき、専属AIをコントロールして監視網に穴を空けているのだ。
「それにしても、すごいよね、この取り組み」
そうちゃんはおもちゃの分解BOXに視線を投げながら、どこか感心したように、それでいて酷く冷めたトーンで続けた。
「最初目が覚めたときは、母親役しかいなかったんだよ。でも僕が『パパが欲しい』って言ったら、さっきの男のAIが派遣されてきて夫婦になった。で、試しに『兄弟が欲しい』って言ってみたら、本当にママが妊娠したんだよ。どこまでも僕の希望を叶えようとしてる」
ふっとこちらを振り返ったそうちゃんの瞳には、5歳児のそれとは思えない、底知れない冷酷な理性が宿っていた。
「それくらい、僕らが重要な存在ってわけだよ」




