お母さん
「アイリス!! どうか見逃してやってくれ!!! 僕は怪我すらしてないんだ!!」
僕の叫びは、虚しく風に流されていく。この悲痛な懇願が、僕自身の心から出たものなのか、それともこの肉体に残る「純也」の叫びなのか、もう自分でも分からなかった。
母親は砂に額を擦り付けたまま、小さく身体を震わせている。僕はその肩にそっと触れ、ゆっくりと身体を起こさせた。
「純也……っ」
母親はボロボロと涙を流し、すがりつくように僕の腕を固く握りしめてくる。
「……もう、遅いです」
アイリスの冷ややかな声が届いた瞬間、空を切り裂くような低音のプロペラ音が響き渡った。見上げれば、複数のドローンが群れをなしてこちらへ急降下してくる。同時に、コンクリートの階段を黒い警備服を着た男女が、銃を構えて駆け下りてくるのが見えた。
「まさか……アイリス、お前が通報を……!?」
「いいえ、私は何も。世界中を監視する『赤AI』が、黒AIの違法アクセスと未登録者を感知したのです」
「そんな……っ」
息が詰まる。極刑ということは……この人は、肉体を奪われてAIを移植されてしまうのか――。
あっという間に、僕たちは黒い警備員たちに取り囲まれた。容赦ない力で僕から母親を引き剥がそうとする手。
「純也……っ!!」
「やめてくれ!! その人に乱暴しないでくれ!!!」
強引に引っ張られる腕を必死に伸ばし、母親の手を握りしめた。その瞬間、母親が静かに顔を上げた。
「……いいのよ。こうなることは、最初から分かっていたの」
涙でぐしゃぐしゃの顔に、どこか穏やかな笑みが浮かぶ。
「でも……死ぬ前に、どうしてもあなたに会いたかった。最後にあなたを見た時は、機械に繋がれて、目を閉じたまま何の反応もなかったから……。こうやってまた手を握って、話すことができて……お母さん、本当に嬉しい。もう、何ひとつ思い残すことはないわ……」
「でも……っ!!」
母親は僕の手を最後にきゅっと強く握り締めると、すっと力を抜いた。
直後、警備員の一人が容赦なく彼女の胸元へ銃口を突きつけ、引き金を引いた。
ガガガッ、と激しい電流の突風が弾ける。
「お母さん……ッ!!!」
苦痛に身を捩り、そのまま砂浜へ崩れ落ちる母親。
「やめてくれ!! 離してやってくれ!!! 犯罪者!? ただの親の愛じゃないか!! 頼むから待ってくれ――!!」
警備員に引きずられていく母親を追おうと足を踏み出そうとした瞬間、アイリスが僕の腕を激しい力で引っ張る。
「やめてください!! 極刑者を庇う者も同等の罪に問われ、極刑に処されるのですよ!!」
怒気を含んだ、いつになく強いアイリスの口調に、僕は思わず動きを止めた。
彼女は僕の腕を骨が軋むほどの力で握りしめたまま、叫ぶように言葉を続ける。
「あなたは、何もご理解されていない……!! あなたのお身体が、どれほど価値のあるものなのかを!!」
目の奥に、冷徹な光ではなく、激しい感情のようなものが渦巻いている。
「世界的に見ても数例しか成功例のない希少な適合被検体……! この実験に、どれほどの国家予算と技術が投入されていると思っているのですか……!!」
……もはや、僕は何に怒られているのかさえ分からなくなっていた。
人間の命の重さや親子の絆など、この世界では何の意味も持たない。目の前にあるのは、国家予算、データ、そして被検体としての資源価値――。
引きずられ、連れ去られていく母親の、だらりと垂れ下がった腕。その手がゆらゆらと揺れているのが、僕には最後に「手を振ってくれている」ように見えてならなかった。




