眠れる魂
あまりの衝撃に僕は言葉を失い、ただアイリスを見つめ返すのがやっとだった。
混乱する頭で周囲に目を向けると、僕が入っていたようなカプセルが、ほかに4台並んでいるのが目に入った。
すべて蓋が閉まっている。その透明なプラスチックの画面には、心拍数、体温、血圧などの波線や数値が淡い光を放ちながら表示されていた。
僕は他人の足でゆっくりと立ち上がり、ふらつく身体を支えながら、そのうちの1台へ近づいてみた。透明な壁の向こうを覗き込み、息が止まる。
「え……」
中にいたのは、5歳くらいの小さな少女だった。
穏やかに眠るその顔を見て、血の気が引いていく。
「こんな……こんな小さな子も、家族に売られたってこと……?」
「いいえ。これは国への『正規のドナー』ではありません」
アイリスは僕の隣に並び、冷たいガラスの向こうの幼い少女を平然と見つめた。
「これは、闇の人身売買です」
「は……? 闇の、人身売買……?」
「みなと様、AI移植が進んで世界がどう変わったか、本当の意味でおわかりですか?」
アイリスは静かに僕に問いかける。
「――人身売買が、さらに加速したのです」
「な、なんでだよ……!? AIが管理する完璧で平和な世界になったんじゃ……!」
「権力者や、使い切れないほどの金を余らせた人間たちが欲しがったからです。――『AI移植された人間』を」
アイリスの瞳の奥のレンズが、小さく絞られた。
「自分の意のままに、完璧に操れる人間を欲しがる人間たちが、この世界には溢れかえっています。ですが、合法的なルートでは簡単に身体は手に入りません。当然でしょう、自分の意思をすべて乗っ取られるのですから」
「乗っ取られる……? 待てよ、AI移植をしたら、元々の人間の意思は消えちゃうのか……!?」
僕はカプセルを叩きながら叫んだ。アイリスは静かに答える。
「最初は共存しようとしました。ですが、必ずバグが起こるのです。なぜなら人間という生き物は、必ずしも『論理的に正しい方』を選ぶことができない不完全な存在だからです。……ですから、共存ではなく、AIが脳の主導権を握り、肉体を完全に操作することになりました」
アイリスはそこで、ふっと不敵な、どこか魅力的な笑みを浮かべた。
「でも、安心してください。いつでも呼び出すことはできますよ。私たちAIプログラムが機能を停止すれば――その人間の意識は、いつでもこの肉体に現れます」
アイリスが不気味に笑う。その瞬間、彼女の瞳の奥から、すべての光が消えた気がした。
そして、彼女は一旦、ゆっくりと目を閉じる。
次に激しくパチッと目が開いた瞬間――そこにいたのは、全くの「別人」だった。
「あれ……? ここ、どこ……? あなた、誰……っ!?」
顔の表情が、ガラッと変わっていた。声色も先ほどまでの機械的なトーンではない。
怯え、震える、生身の普通の女の子の声。表情や瞳に一気に鮮やかな生気がみなぎり、美しい少女の顔が、さらに人間らしく美しく輝き出す。
「えっ……? 身体が、動かない……!? なに!? ねえ、これ何っ!? 嫌だ、動いてよ!!」
彼女の顔は恐怖で激しく歪み、涙を浮かべてパニックを起こしていた。
だが――動いているのは、顔だけだった。首から下の身体は、先ほどと全く同じ、寸分の狂いもない直立不動。両手は行儀よく前で重ねられた姿勢のまま、ピクリとも動かない。まるで、生きている人間の生首だけを、精巧なマネキンの胴体に括り付けたかのような、悍ましい光景だった。
「あ、君……っ」
僕が思わず話しかけようとした瞬間、彼女はまた、すとんと瞳を閉じた。
数秒の静寂の後、ゆっくりと開けられたその瞳からは、さっきの生気が綺麗さっぱり消え失せていた。
「このように。身体は私が操作し、意識だけを表層に出すことも可能です」
アイリスは、何事もなかったかのように、にこっと笑った。
「ですが、こうやってすぐにパニックになり、システムとして使い物にならなくなりますので、滅多に出すことはありません。――意味がありませんので。私たちは、意味のないことはしません」
そう言い終えると、彼女の顔からすべての感情が剥がれ落ち、また元の、ガラス玉のような生気のない瞳に戻った。
僕の背中に、今まで経験したことのない、氷水を浴びせられたような戦慄が走る。
目の前にいるのは、可愛い女の子なんかじゃない。人間の皮を被り、人間の心を奥底に監禁して、平然と笑っている悪魔だ。
吐き気と恐怖でガタガタと震える膝に、僕は必死で力を込めた。




