ノーマルモード
僕の言葉を聞いた瞬間、二人が同時に吹き出した。
「ハハッ! こいつだよ、この女が俺の専属AIだ」
丈一郎が腹を抱えて笑いながら、隣の女――里奈を指さす。
「え……? こんなに人間らしく流暢に話してるのに……?」
「は? お前、マジで何にも知らねえんだな。お前が使ってるAIは、初期設定の『ノーマルモード』だろ? こいつらAIはな、性格も感情表現もいくらでも設定変更できるんだよ」
「え……!?」
思わずアイリスを振り返るが、彼女は表情ひとつ変えず、ただ静かに丈一郎を見つめていた。
「じゃあ、ちょっと試してやるよ。おい、そこのAI、ちょっとこっち来い」
丈一郎が手招きすると、アイリスは一歩も動かずに淡答した。
「私はアイリスと申します。大変申し訳ございませんが、私はみなと様専属のAIですので、みなと様の許可がない限り他者の指示には従えません」
「はぁー……」と、丈一郎が大袈裟に深い溜め息をつく。
「ほんっと、初期状態のAIってつまらないわね」
里奈が鼻で笑うと、丈一郎は僕に向かってパッと親しみやすい笑顔を向けた。
「いいだろ、みなと? 俺の命令を聞かせても。ノーマルモード以外があるってことを、先輩として教えてやりたいんだよ」
「あ……はい。それくらいなら……」
「かしこまりました。それでは……」
アイリスが静かな足取りで丈一郎の方へと近づいていく。
(……そういえば)
その背中を見送りながら、僕はふと思い出していた。
適合体の容姿は凍結前の自分に似せて作られ、専属AIは「その人間の理想の異性」の姿にデザインされると聞いた。……ということは、あの丈一郎の理想の女性像が、あの派手で妖艶な『里奈』だということか。
アイリスは丈一郎の口元に耳を近づけ、何事かを囁かれている。それを無表情のままコクリと頷いて聞くと、丈一郎は顎で「行け」と僕の方を指し示した。
アイリスが僕の元へと戻ってくる。
――だが、その歩みはさっきまでと全く違っていた。
ロボットのように整いすぎていた表情にはパッと生気が満ち、ガラス玉のようだった瞳は潤んだように輝き、白い頬はほんのりと赤らんでいる。
たったそれだけの変化なのに、僕の胸がどきりと跳ね上がった。
アイリスは迷わず僕の隣に滑り込むと、両手でぎゅっと僕の腕にしがみつき、上目遣いで僕を見つめてきた。
ドクドクと、耳の奥で心臓がうるさいほど跳ね始める。
「みなと〜……ふたりっきりになりたいな♡ ベッドに行こ♡」
「は、はぁっ!?」
あまりの衝撃に僕は焦ってアイリスを押しのけ、弾かれたように立ち上がってしまった。
その瞬間、向かいのソファから丈一郎と里奈の爆笑が響き渡った。
「アハハハハ! ウブも行き過ぎると滑稽だな!」
「あはは! このくらいで動揺してどうするのよ……っ!」
だが、アイリスは赤らった顔のまま、再び僕の腕にすがりつこうと距離を詰めてくる。
「ちょっ……! ちょっと待てって、アイリス!! 元に戻って!!」
「……かしこまりました」
一瞬にしてスンと元の無表情に戻るアイリス。
(……くそっ、二人の高笑いはめちゃくちゃ腹立つけど……)
けれど、この時ばかりは二人の爆笑に救われた気がした。こんなの、自分好みの女の子に二人きりの時に言われたら、ひとたまりもない。
二人のけたたましい笑い声によって、僕は崩れかけた現実感を無理やり引き戻されたのだった。
「これが俺のイチオシ、『色気モード』だ。みなとには刺激が強すぎたみたいだな……ハハッ!」
完全にからかわれたことにムッとしながら、僕はソファーに座る二人へと視線を送った。
「丈一郎さんは……そうやって四六時中ベタベタしていて、恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしい? まさか。俺はこのいい女から一刻も離れられないんだよ」
(……はいはい、自分の理想通りに作られた好みの女だもんな)
皮肉が頭をよぎるが、もちろん口には出さない。
「そうですか……。いいですね、ラブラブで」
「何言ってんだよ。お前だって、夜はやることやってんだろ?」
「は……? 何を言って……」
「いや、夜だけじゃないな。朝でも昼でも、いつだって好きな時に好きなようにやって――」
「はぁっ!? そんなの、するわけないじゃないか!!」
あまりの言われように、怒りと恥ずかしさで自分の顔がカッと熱くなるのが分かった。血が頭に上り、耳の奥まで熱い。そして何より……こんな下品な話を、隣にいるアイリスに聞かせたくなかった。
「なんだよお前、童貞かよ」
「違う!! 経験くらいある!! ……それに、この人たちをそんな性欲のハケ口みたいに使うなんて……!!」
必死に反論しながら、ふと余計な思考が頭をよぎる。
(僕自身には二十年前の経験があるけれど……この『みなと』の肉体の主はどうだったんだろう……?)
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
目の前でニシシと下品に笑う丈一郎と、その胸に顔を寄せてクスクス笑う里奈。
僕は拳を握りしめ、真っ赤になった顔を背けながら、必死に乱れた息を整えようとしていた。




