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20年ぶりに目覚めた僕は、他人の身体になってました。~2046年、案内人の美少女は中身AI~  作者: VANRI


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玄関

 僕の実家の前に、車が滑り込むように静かに停車した。エンジン音すら聞こえない静寂のまま、車体がピタリと止まったのだ。 


 胸に手を当てずとも、鼓動が耳元で激しく打ち鳴らされているのが分かった。口の中がカラカラに渇いていく。


 ドアが滑らかに開き、僕たちは昨日のように暑さをしのぐ白いコートを着て路上へと足を踏み出す。僕たちが降り立ったのを確認すると、車は無人のまま音もなく走り去り、角を曲がって消えていった。この自動回送機能のおかげで、この時代には家庭ごとの駐車場すら不要なのだという。


 背後には、何も言わずに寄り添ってくれるアイリスの気配があった。

 はやる気持ちと恐れを交差させながら、僕は記憶のままの玄関前へと立った。


 昭和の面影を残した門柱、少し色褪せた表札。二十年の歳月を経てなお、そこには確かに僕の「家」が存在していた。


 固い唾を飲み込み、インターホンのボタンへとゆっくり指を伸ばす。


 ――だが、押せない。


 あと数センチのところで指先がぴたりと止まり、武者震いのような激しい震えが押し寄せてきた。


 もし、扉が開いた先に誰もいなかったら?

 もし、見知らぬ他人が顔を出したら?

 あるいは、年老いた両親から「誰ですか」と冷たく拒絶されたら――?


 底知れぬ恐怖が、足元から這い上がって全身の血を凍りつかせる。


「……私が押しましょうか?」


 背後から、アイリスの静かで透明な声が降ってきた。


「いや……いい……っ」


 僕は伸ばしていた手を引くと、震える右手の上からもう片方の手を重なり合わせ、力任せに押さえつけた。


 自分の手に目を落とし、冷たく震える指先をさすりながら、僕はふと思い立ったように家の裏手へと足を向けた。


 表札や玄関は昔のままでも、敷地を回り込んでみると決定的な変化が目に飛び込んでくる。かつて四季折々の花が咲き乱れ、緑に溢れていた庭は、草木の一本すら残さず綺麗さっぱり切り払われ、無機質な土で平坦に埋め立てられていた。


 母さん、花を育てるのがあんなに好きだったのにな……。


 荒んだ庭の光景に寂しさが募る。……と、そこでふと頭の中に素朴な疑問が浮かんだ。


 そういえば……父さんと母さんって、今何歳なんだ……?


 目覚めてからの混乱で、そんな当たり前の計算すら忘れていた。僕が意識を失う数日前、確か母さんが「もうすぐ五十歳の誕生日だから」と笑っていた記憶がある。

 五十歳に、空白の二十年を足すと――七十歳。


「七十……っ!?」


 突きつけられた数字の重みに息を呑んだ、その時だった。


 ――ガタッ。


 勝手口の方で硬い音が響き、僕は弾かれたように身を縮めて壁の陰へ隠れた。


 足音とともに、一人の女性が白いコートを着て庭先へと出てくる。手には使い古されたほうきを握り、静かに地面を掃き始めた。


「……母さん……!?」


 物陰から覗き込んだ僕は、目を疑った。


 白髪交じりの七十歳の老婦人を想像していたのに、そこに立っていたのは、僕の記憶にある「三十代の頃のおふくろ」と見紛うような若い女性だったのだ。年を取るどころか、時間が巻き戻っている――?


 あまりの衝撃に、思わず喉から掠れた小声が漏れてしまう。


「あ……あの女性は、みなと様の妹君である結月(ゆづき)様ですよ」


 背後から寄り添ったアイリスが、僕の耳元で淡々と真実を告げた。


「結月……!?  嘘だろ……母さんに、そっくりじゃないか……っ」


 記憶の中では、まだ幼くて自分の後ろをちょこちょことついてきていた幼い妹。


 二十年の歳月は、彼女を僕の知る「若い頃のおふくろ」と見分けがつかないほど、立派な大人の女性へと成長させていた。

 目の前にいるのは、紛れもなく時の流れから取り残された僕と、二十年分歳を重ねた「僕の知らない妹」だった。


 ハッと我に返り、視線をすぐ隣の家へと走らせた。

僕がいた頃は賑やかな一家が暮らしていたはずの隣家は、手入れもされず、しんと静まり返った空き家と化していた。


 あそこなら……っ!


 僕の頭の中に、幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。

子供時代、隣の家の庭に忍び込んで遊んでいた時に見つけた秘密の場所。ちょうど僕たちのリビングと向かい合う位置に、古いコンクリート塀の目立たない隙間があったのだ。僕の両親は「塀があるから外からは見えない」と油断して、いつもレースのカーテンすら開け放して部屋いっぱいに朝日を採り入れていた。


 頭で考えるより先に、脚が勝手に動き出していた。


「みなと様!?  どちらへ!?」  


 予期せぬ僕の単独行動に、アイリスが珍しく素で驚いたような声を上げて追いかけてくる。

 ……だが、無理やりに腕を掴んで制止してくる気配はない。パニック時の行動解析やデータ収集の一環として、静観するのが最適だと判断したのだろう。


 アイリスの視線を背中に感じながらも、僕は周囲の目を盗むようにして空き家の敷地内へ滑り込んだ。人通りが全くないおかげで簡単に潜り込めたが、まとっている服が邪魔をする。50度近い猛暑を凌ぐための耐熱用コートは分厚く重く、走るような激しい動きには全く適していなかった。 


 汗だくになりながら草むらをかき分け、記憶の場所へ辿り着く。隣家と我が家を隔てる古いコンクリート塀へ、身を乗り出すようにしてそっと手を触れた。


「――っ痛ぁぁっっ!?」


 指先が触れた瞬間、焼きごてを当てられたかのような激痛が走り、僕は悲鳴を上げて思わず手を弾いた。

日差しを遮るもののない50度の極熱下に放置されたコンクリートは、触れれば火傷を負うほどの熱を蓄えていたのだ。痛む指先を必死に口元へ運び、冷まそうと息を吹きかける。


 クソッ……熱すぎる……!


 赤く腫れ上がった指先を押さえつけながら、僕は痛みに耐えて息を潜めた。塀のわずかな隙間の向こう側――そこには、二十年越しの我が家のリビングが、陽光の中に静かに浮かび上がっていた。




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