人間の必要性
「じゃあ、みんなの安全のためにロボットを作ればいいだろ!! 俺が生きていた時代だって、人間と見分けがつかないくらい精巧なアンドロイドは開発されていたんだぞ!」
僕は力任せにダッシュボードを叩いた。
この論理が通用しない世界なんて狂っている。AIが完璧なら、最初から機械の体を作ればいいじゃないか。
アイリスは、僕の怒声に微塵も動揺を見せない。ただ、無機質な瞳で正面を見つめたまま、淡々と事実を告げる。
「仰る通りです。かつて、世界は競うように人間そっくりのアンドロイドを開発し続けていました。皮膚の質感、微細な表情の揺らぎ、関節の動き……あらゆる技術を注ぎ込み、魂の模倣を試みたのです」
車内を流れる冷気の中に、アイリスの低く、静かな声が響く。
「ですが、研究の果てに人類は一つの結論に達しました。――『人間は、作れない』という限界です」
カチャリ、と指先を鳴らすような小さな音が車内に響く。
「どれほど精巧に模倣しても、そこに『予期せぬ感情というノイズ』は生まれない。完璧な機械には、人間が持つ『不完全ゆえの輝き』が欠落していたのです。……そこで、私たちの探究心は180度方向転換しました」
車窓の外を流れるネオンの光が、アイリスの無表情な顔を切り刻むように通り過ぎていく。彼女の視線が、ふと僕の胸元へ向けられた。
「作るのが不可能なら、改造すればいい。――人間の脳にAIを移植し、生身を補強して、完璧な『人間という名のロボット』を作り出す方が遥かに効率的だと気づいたのです」
背筋が、ゾクリと凍りついた。
精巧な機械作りは世界的に放棄された。僕たちがかつて夢見た「夢のロボット社会」は、生身の人間をパーツとして解体し、再構築する「人体実験」へとすり替わったのだ。
「……狂ってる……」
「狂っていません。これは人類の進化です。あなたは、かつて人類が夢見た『完璧なアンドロイド』の、最も完成された姿なのですよ」
車外のネオンが怪しく揺らめき、夜の闇が街を包み込んでいく。アイリスのその言葉はどこまでも平穏で、丁寧で――だからこそ、僕の喉の奥に冷たい塊を投げ込まれたような不気味さを残した。
自分の生きている世界の前提がすべて崩れ去ったまま、僕はどこへ運ばれていくのかと不安になるが、耳にすることがあまりにも想像出来ないことばかりで、その不安すら霞んでしまう。
「……ああ、もう日が暮れてきましたね。続きは明日にしましょう。これから、あなたが生活する場所にご案内します」
僕は暗くなった街を自分の心でも見せられたかのように、ただぼんやりと見つめていた――。
――――――
車が滑るように滑らかに停車した場所は、閑静な住宅街の一角に佇む無機質なマンションの前だった。
僕たちが降り立つと、車は不気味なほど無音のまま自動で旋回し、夜の闇へと滑り出すように走り去っていった。ドライバーすら存在しない車体を見送りながら、背筋に拭いきれない違和感がまとわりつく。
重厚なマンションの自動ドアへアイリスが近づくと、カチャリと静かな解錠音が響き、ガラス扉が滑らかに滑り開いた。
「どうぞ、こちらへ」
アイリスの無感情な声に促され、僕は周囲の静けさを警戒するように見回しながら、彼女の数歩後ろを後れを取らないよう必死についていく。街灯の光すら届かないエントランスの奥は、病院の集中治療室を思わせるほど無菌的で冷ややかな空気が満ちていた。
エレベーターに乗り込むと、ボタンを押すことなくドアが音もなく閉まる。
次の瞬間、浮遊感とともにぐんと身体が下へ引っ張られるような感覚を覚え、籠はゆっくりと上層階へと昇り始めた。
「ここが、今日からみなと様にお使いいただく居住スペースになります」
エレベーターの表示パネルに並ぶ数字が、虚ろな光を放ちながら一つずつ切り替わっていく。
自分がこれからどんな「箱」に閉じ込められるのか――逃げ場のない密室の中で、胸に埋め込まれたプレートが嫌な重みを増していった。




