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20年ぶりに目覚めた僕は、他人の身体になってました。~2046年、案内人の美少女は中身AI~  作者: VANRI


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人間とは

「人間は愚かですね」


 アイリスが、感情の機微を一切含まない声でつぶやいた。

 彼女の瞳はまっすぐ前方の暗がりを見つめている。車窓の外はすっかり日が落ち、ネオンの光が不気味に路面を滑っていた。


「自分たちを護るための技術で、自らの首を絞める。安全を求めた結果、さらに過酷な危険を引き寄せる。……みなと様、これが『自由意志』を持った人間が辿る結末です」


「……だから、AIチップか?」


 僕は掠れた声で問い返した。胸の奥に埋め込まれたプレートが、心臓の脈動に合わせて重く不快な主張を続けている。


「その通りです。犯罪を犯す思考そのものを抑制し、情動を最適化する。人類が滅びないための唯一の解が、全人類の『管理』でした」


「管理……?  笑わせるなよ。感情を奪って、頭にチップを埋め込んで操るのが『最適化』だって言うのか!?  そんなの、人間じゃなくてただの動く人形じゃないか!」


 激昂する僕の言葉に、アイリスはゆっくりと首を傾げた。

 その仕草はあまりに人間的で、けれど瞳の奥には冷ややかな無が広がっている。


「では、みなと様。先ほどお会いした美琴様は、不幸そうに見えましたか?」

「っ……!」


 不意に突きつけられた名前に、息が詰まる。


「彼女は愛する人を失い、その傷を抱えたまま生きていました。ですが、チップによる情動の補助によって、現在は平穏な精神状態を維持し、子供を愛し、日常を営んでいます。

 ――もし彼女にチップが入っていなければ、絶望のあまり自ら命を絶っていたかもしれない」


「そんなの……!  彼女の本当の気持ちを、プログラムで上書きしてるだけだろ……っ!」


「上書きされた平穏と、むき出しの絶望による破壊。どちらが『正しい』のかを定義するのは、人間ではなく私たちAIです」


 アイリスは膝の上で静かに両手を重ねた。指先一つ動かない完璧な静寂。


「そして、あなたのように『チップを持たない純粋な人間』がどうなるか……私たちは知っています。思考が暴走し、過去に囚われ、存在しない幻影を追いかけて、やがて自壊する」


 彼女の言葉が、冷たい針のように僕の胸を刺す。


「私たちはあなたを観察しています。人間が感情に殺される前に、AIが救済できるのかどうかを……その胸の赤いプレートは、あなたが『人間』である証明であり、同時に『被験体』である刻印なのです」


「……なぁ、一つ聞いていいか」


 僕は胸元の不快なプレートを服の上から押しつけながら、暗闇に沈む車窓の外へ視線を向けた。


「AIで全人類をチップ管理して、平和で効率的な世界を作れたんだろ?  だったら……どうしてわざわざ僕みたいな存在が必要なんだ?  人間の脳を別の身体に移植するなんてリスクを犯さずに、全部AIで完結させればいいじゃないか」


 AIを脳に組み込んで人間を制御する技術はすでに確立されている。

 だが、「人間の脳を別の生体へ移植する」技術は、技術的にも倫理的にも困難を極めていたはずだ。なぜそこまでして、人間の脳に固執するのか。


 アイリスは前方を向いたまま、静かに口を開いた。


「理由は単純です。AIには『完全なゼロから新しいものを生み出す力』が存在しないからです」


「……どういうことだ?」


「AIは膨大なデータの解析と最適化に長けていますが、突飛な発想や直感、いわゆる『閃き』や『創造性』は生み出せません。そして人間の中には、稀に時代を数十年先渡らせるような、極めて優秀な知性や創造性を持つ個体が現れます。

 ……そうした稀有な才能を持つ人物を、肉体の寿命という限界を超えて永遠に生き続けさせることができれば、人類社会の発展は加速度的に進みます」


 車がカーブを切り、ネオンの赤い光がアイリスの横顔を無機質に照らし出す。


「ですが、いくら脳が優秀であっても、全く別の身体に移植された際、意識の不適合や精神的混乱、アイデンティティの崩壊といった強い拒絶反応が懸念されます。私たちは今、その『フォローすべき課題』と『環境への順応速度』のデータを収集しているのです」


「……データ……」


「ええ。異物の身体に目覚めた人間が、どのような段階を経て現実を受け入れるのか。過去の記憶と現在のギャップにどう対処するのか。

 ――あなたは将来、人類の至宝となる『優秀な人材』を永遠に生かし続けるための、システム構築に向けた貴重なサンプルなのです」


 僕の喉から、乾いた笑いが漏れた。


 そうか……そういうことか……。


 僕は未来の希望でも、奇跡の生還者でもない。

いつか現れる『優秀な誰か』のために、痛みに耐え、絶望し、混乱する姿を観察されるための――ただのモルモットだったのだ。



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