↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20年ぶりに目覚めた僕は、他人の身体になってました。~2046年、案内人の美少女は中身AI~  作者: VANRI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/77

再会

 僕はアイリスと共に、さらにドームの奥へと歩いて行った。開けた通路を抜けた瞬間、目の前に信じられない光景が広がった。


 そこには一面の緑――芝生どころか、本物の木々までが鬱蒼と植えられていた。広さは野球場が丸ごと一つ収まってしまいそうなほど広大だ。

 見上げると、遥か高い天井に天窓があり、そこから眩しい太陽の光が降り注いでいる……と思ったが、よく見るとそれは窓ではなく、巨大な人工照明(システム)だった。


 外の45度の灼熱の太陽とは違い、肌を刺さない心地よい温かさの光だけを均一に振り注いでいる。何より驚いたのは、『風』だった。室内であるはずなのに、頬を涼しい風が撫でていく。しかも、エアコンのような一定の強さの機械的な風じゃない。本物の自然と同じように強弱があり、どこか懐かしい森のような匂いとともに流れてくるのだ。


 その広大な人工の大自然の中で、人々は芝生に寝転んだり、散歩をしたり、子供たちはボールを追いかけたりと、思い思いに自由な時間を過ごしていた。

 ところどころに設置されたベンチに座ってくつろぐ人々も、みんな穏やかで幸せそうな表情を浮かべている。たくさんの人間の声がドーム内に溢れ、活気に満ちていた。


 だけど、俺が今まで過ごしてきた20年前のショッピングセンターなんかと圧倒的に違うのは、人工的な『音』が一切排除されていることだった。


 せわしない館内放送も、安っぽいBGMも何もない。ただ、人間の笑い声と、人工の風が葉を揺らす音だけが響いている。すべてが完璧に管理された、静かで美しいディストピアの箱庭。


 その穏やかな雑音の向こうから、突如、一つの甲高くて愛らしい声が、ドームの空気を震わせて届いた。


『――雫(しずく)!』

「っ……!?」


 ドクン、と心臓が激しく脈打った。聞き覚えのある声。いや、声そのものは20年前より少しだけ大人びているかもしれない。

 だけど、その『雫』という名前に、俺の生身の脳組織が過剰なまでの反応を示していた。


 雫――。

 それは20年前、美琴がよく楽しそうに話していた名前だ。

 「もし将来、私に子供が生まれたらね、絶対に『雫』って名前を付けるんだ」って、僕の手を握りながら愛おしそうに笑っていた、あの美琴の顔が脳裏にフラッシュバックする。


「美琴……なのか……?」


 僕はもう、隣にいるアイリスのことなんて目に入らなくなっていた。


 声のした方を必死に探し、人混みをかき分けるようにして、俺は他人の足をがむしゃらに動かして走り出していた。



 声の方にたどり着いたとき、一人の小さな女の子が走っていくのが見えた。


「――雫!」


 もう一度、そう呼ばれた少女が向かった先に目を凝らす。


 公園のベンチに座る、三十代半ばほどの女性。


 ……美琴だ。


 女の子は、愛おしそうに彼女の胸へ飛び込んでいく。その姿に、さっきカプセルの中で目にした少女の面影が重なり、胸がギュッと締め付けられた。


 僕は吸い寄せられるように、何も考えられないまま、二人の元へと足を進めていた。


 少しでも近くにいたい。声をかけたい、触れたい。


 けれど――今の僕にとって、ベンチの端と端に座るのが、きっと一番正しい距離感なのだ。


 僕が鼓動を速めたまま腰を下ろすと、女の子もベンチにちょこんと座った。

 そのとき、隣にアイリスが突っ立てたままなのに気づき、少し脇に寄って「座りなよ」と視線で促す。


 アイリス、僕、女の子、そして美琴。


 ……なんとも奇妙な並びで、ひとつのベンチに座る形になった。


 そっと美琴の横顔を盗み見る。


 目尻には小さな刻み皺があり、メイクで隠しきれないシミもうっすらと浮かんでいた。


 20年という歳月の重み。

確かに目の前にいるのは美琴なのに――かつて数回だけ会った、彼女のお母さんの面影が強く重なっていた。


 そうか……美琴は、結婚したんだ……


 胸の奥がぎゅっと擦り剥けるような痛みが走る。


『子供が生まれたら、女の子なら絶対「雫」にするの』


 いつだったか、陽だまりの中で無邪気な笑顔を弾けさせ、嬉しそうに未来を語っていた美琴の声を思い出していた。


 失われた20年という歳月の重みに打ちひしがれ、あまりにじっと見つめすぎていたのだろう。


 不意に、38歳になった美琴の視線と、僕の目が重なった。


彼女は優しく目元を緩め、控えめな笑みを浮かべて語りかけてくる。


「……デートですか?」

「ち、違います!」

 

 喉が引きつり、裏返りそうな声で咄嗟に否定していた。


 他人の身体で、他人の顔をしているくせに――心のどこかで『浮気だと思われたくない』という愚かなエゴが働いてしまったのだ。もう僕の素顔なんて、彼女には知る由もないというのに。


 僕の焦り様に、美琴は「ふふ」と柔らかく声を漏らし、隣に座る雫の頭を愛おしそうに撫でた。

 少女は嬉しそうに母親の顔を見上げ、小さな手で抱えていたぬいぐるみを弄び始める。


 美琴が、静かに語り始めた。

途端に周囲の喧騒が遠のき、世界から音が消え去ったような錯覚に囚われる。


「……あなたたちを見ていると、昔を思い出すわ」


 その一言に、胸の奥で心臓の鼓動が跳ね上がった。ドクドクと耳の奥で嫌な音が響く。


「私もね、あなたくらいの頃に付き合っていた人がいたの。その人は……悲しいことに、事故で亡くなってしまったのだけど」


「そう、なん……ですね」


 喉の奥がカラカラに乾き、擦れた声しか出ない。


 間違いなく、僕のことだ。

そして――僕はここで初めて、自分が『一度死んだ』のだと残酷なまでに自覚した。


 足元が丸ごと崩れ落ち、底なしの暗い穴へと真っ逆さまに叩き落とされたような感覚。


 目覚めたら他人の身体になっていた。僕の脳が移植されたのだと、頭では理解していたつもりだった。

けれど、どこかで拒絶していたのだ。自分が一度命を落としたという現実を。


 ……そうだ。あの日、僕の呼吸も心臓も完全に止まり、この肉体すら失われた。

 僕は、確かに死んだのだ。


 激しい目眩の中、すがるようにアイリスへ目を遣る。彼女の機械的な双眸は、一ミリのズレもなく正確に僕の瞳孔を捕らえていた。


 ……そういえば。


 この少女は、僕が目覚めてから一度たりとも『死』や『生前』といった言葉を口にしなかった。


 だからこそ、自覚が遅れたのだ。

僕に気を使って、傷つけないように言葉を選んでいたとでもいうのか?

 ……いや、AIにそんな人間らしい配慮ができるはずがない。ただのプログラムのアルゴリズムか……?


「……大丈夫ですか?」


 美琴の穏やかな声にハッと息を呑み、僕は現実へと引き戻された。


「あ……はい……大丈夫、です」


 目の前にいる美琴を凝視するたび、叶わなかった『もしも』の未来が脳裏を駆け巡る。


 僕は、この少女の父親にはなれなかった。

 美琴と一緒に時を重ね、共に歳を取りたかった。一緒に行きたい場所も、叶えたい約束も、山ほどあったのに――。


 胸を切り裂くような切なさがこみ上げ、視界が涙で滲んでゆく。込み上げる感情を隠すように、僕はゆっくりと俯いた。


 そんな僕の様子に気づく様子もなく、美琴は遠い目をして再び静かに語り出す。


「もし、あなたにいつか……本当に大切な人ができたら、覚えておいてほしいの」


 風が静かに吹き抜け、美琴の優しくも寂しげな声が耳腔をくすぐる。


「本当に大切な人を失ってしまったらね。そのあとにどんなに素敵な人と出会えても、最初に愛した人のことを忘れるなんて、絶対にできないの。

 ……だから、大切な人ができたら、その人との時間をどうか一番に大切にしてね」


 美琴……君は、ずっと僕を思ってくれていたんだね……


 溢れ出しそうな涙と嗚咽を必死に噛み殺し、僕は震える手で強く拳を握りしめた。


「……はい」


 今にも消えそうな声でそう答えた。それが僕にできる精一杯の返答だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。