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変化の兆し

それからしばらく連絡は来なかった。

ただ私たちは毎日、スクワットと100マス計算だけはやっていた。


静かな水面に、小石を一つ投げ入れると、波紋が出る。

小石一つは小さなもの。

でもその影響は、徐々に大きくなる。

そんなことを思っていた。


私たちはいつものように、スクワットを終え、

ポテチを食べ始める。


スマホの通知が鳴る。

メアリーちゃんだ。


「先日は算術の件でありがとうございました。

これは途中経過です。

・算術の試験に合格しました。

以前は絶望されていました。

・剣術で剣を叩き落とされることが減りました。

・元気になったなと褒められました。

効果は出てると思います」


二人とも覗き込んで、ニタニタしている。


「うんうん。成長したねぇ」

とカエデちゃんは涙を拭くしぐさをする。


「こうやって、途中経過を教えてくれると嬉しいものだね」

とトマトちゃんは言った。


たしかにそうだ。

途中経過を教えてもらうのはうれしい。


……でも、私、メアリーちゃんみたいに、途中経過を報告したことあったっけ。


「私、メアリーちゃんのそういうところ、取り入れたいと思う」

と僕は言った。


カエデちゃんは考え込んでいる。

「……うん。私も」


「私もやってみる」

とトマトちゃん。


「あっ、そうだ。カエデちゃんに教えてもらった、ムー大陸のサイト見たよ。

面白かった」

と僕は言った。


「あっ見てくれたんだ。いいでしょ。」

とカエデちゃん。


「そうだ。ジュンちゃんが教えてくれた、寝る前に暗記するって勉強法、よかったよ」

とトマトちゃん。


「そうでしょ。あれ結構いいよね。」

と僕。


「なにそれ。私にも教えて。」

とカエデちゃん。


「私もムー大陸のサイト見たい。」

とトマトちゃん。


三人は目を見合わせて笑い出す。


「こういうんだね。メアリーちゃんのやってることは」

僕は言った。


「会話も広がるし、なにより楽しい。こういうのかな。キャッチボールって」

とカエデちゃん。


「そうだと思う。教えただけだと、投げっぱなしで寂しいもの」

とトマトちゃん。


「教えているつもりが、教わっていたんだね」

と僕。


「じゃあ、それをメアリーちゃんにも返そうよ」

とカエデちゃん。


二人とも頷いた。


僕はメッセージを作る。

「メアリーちゃんが、毎回どうなったか報告してくれるので、僕は嬉しい気持ちになりました。教えているつもりが、教えてもらったなと思っています。僕もこれから、教えてもらったら、その後の経過などを報告したりしたいなと思いました」


二人に見せる。

OKサインが出たので、送信。


5分ほどして返信が返ってきた。


「私はずっと教えてもらってばかりで、申し訳ないと思っていました。

それが逆に教えてもらっただなんて、私もとても救われた気持ちになっています。

お恥ずかしいですが、少し嬉しくて泣きました。

立場上、味方があまりいない状態で、その優しさはとても嬉しいです。」


僕はメッセージを二人に見せる。

二人ともウルウルしている。


「それは良かったです。」

と僕はメッセージを返した。


「実は、私は誰からも愛されていないのではと悩んでいたのです」

とメッセージが届いた。


二人ともメッセージを覗き込む。


少し考える。

「お会いしたことはありませんが、私にはあなたが愛されない人ではないと感じています。」

そうメッセージを作る。


二人は少し考えたあとOKを出した。

僕はメッセージを送信する。


「でも事実、私は四面楚歌で、危うい立場なのです」

と返信が来た。


僕とカエデちゃんは目を伏せる。

ただトマトちゃんだけが、何かを思い出しているようだ。


トマトちゃんは、スマホに何か入力しはじめた。


数分後

「これ見て」

とスマホを見せる。


「誰からも愛されていないのではと思うと、それが表面に出て、愛されない人に見えるようになる。でも愛されていないと思っても、誰かに愛されている振りをし続けると、愛されているように見える。それで結果的に愛されるようになる」


面白い考え方だ。

「これは?」

僕は尋ねる。


「これも小説の一節よ。」

トマトちゃんは言った。


僕は少し考え、

その文章をそのまま送信することにした。


5分後、

返信が来た。

「にわかには信じられませんが、お言葉を信じて振りをしてみることにします。」


お言葉を信じてという言葉が僕には重かった。


「信じてって言葉、重たいわね。責任を感じる」

トマトちゃんの顔は緊張していた。


公爵令嬢という立場。

それを僕ら庶民が実感はできない。

誰からも愛されていないと思うこと。

それを自分の心に再現することはできない。

たぶん、それは恵まれているのだろう。


「あのね。私はジュンちゃんも、トマトちゃんのことも好き。愛しているってどんなことなのかよくわからないけど、すごく大事だと思っている」

とカエデちゃんは言った。


僕はその言葉が嬉しかった。

それが友情なのか、愛情なのかは、どうでもよかった。

ただ目の前の誰かが、君のことを好きだと思っている。

大事だと思っているということが、

なによりも嬉しかった。


「僕も二人のことが……、大切だよ」


「私も二人のことを大切に思っている」

トマトちゃんは言った。


三人とも目が少し潤んでいた。


僕はメッセージを送る。

「僕には愛しているとか、愛されているというのが、どういうものなのか、ハッキリとはわかりません。でもお話して短いですけど、メアリーちゃんを大切に思っているのは確かです」


二人とも頷いている。


「……じゃあ。振りじゃなくって、私、本当に大切にされてるんですね」

そう返信が届いた。


(ずー)

鼻水を吸う音が聞こえる。


僕はティッシュを手渡す。

二人は鼻をかむ。

(ずー)

僕もだ……。


僕も同じように鼻をかむ。

気が付くと、三人とも目が赤くなっていた。


僕はこの二人と出会えて、

とても良かったと思った。


そしてメアリーちゃんに、このような出会いがあればいいな。

それか、僕らが彼女にとって、同じような存在になれればいいなとも思っていた。


それが遠く離れる異世界であったとしても。



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