筋トレする公爵令嬢
それから、爺ちゃんはグーパーをする運動と、スクワットを教えてくれた。
「手をな。グーパーするんじゃ。できれば風呂の中でやったほうが良い。毎日100回くらいかな。そうすると前腕の筋肉が鍛えられて、前腕の筋肉が悲鳴をあげなくなる」
「グーパーするだけなら簡単だよ」
そう答える僕に対して、
不敵に笑う爺ちゃん。
「じゃあ、やってみろ」
そう言われてやってみたら、
意外と大変だった。
「爺ちゃん。これ意外としんどいね」
そう言うと、
にんまりと笑い、
「ムリをしなくてもいい。始めは20回でも50回でも良い。とりあえず続けたら、強くなるし、壊れにくくなる」
そう言った。
「それとスクワットじゃが、要は膝の屈伸運動じゃよ。膝が足より前に出ると、膝に負担がかかるから、お尻を突き出すようにして屈伸する。膝の角度は90度が理想じゃが、それより浅くても良い」
そう言い、実演してくれた。
爺ちゃんと共にスクワットを練習する僕。
「これを5回3セットくらいから初めて、慣れたらどんどん増やして、最終的には一日100回くらいできるようになれば、体力はかなりついているよ」
爺ちゃんはそう言った。
「もしそれで体力がつかなかったら、来年のお年玉は3倍やる。ただ、週に1~2回は休めよ。」
「休みは決めなくても良いの?」
そう尋ねると、
「負担じゃなければやっても良いが、休みを入れるほうが体力が伸びやすい。ただ休みすぎも良くないし、運動と休みの関係は個人差があるんだよ」
そう言っていた。
……
僕はどう答えるか悩んでいた。
体力がないというのは漠然とし過ぎている。
彼女に必要なのは、具体的なアドバイスだ。
「手をぎゅっと握って、前腕を触ってみてください」
「前腕というのは?」
僕は手を指さして写真を撮り、送る。
「なるほど、わかりました」
「握ったら少し固くなりませんか?」
と尋ねる。
「少しだけ固くなります。でもぷにゅぷにゅです」
返信が届く。
ぷにゅぷにゅしている公爵令嬢という想像に、
少しだけ笑みがこぼれる。
「ここには手の筋肉があります。これが剣を握る筋肉です。ここが握ったら固くなると、剣を振っても疲れにくくなります」
「そうなんですか。でもどうやって」
「手を開く、閉じる。この動作を繰り返します。
できればお風呂でやるほうが、効果は高いです」
返信を返す。
「公爵家令嬢という立場でも、お風呂には月1回程度しか入れません」
そう返ってきた。
月一回か……。
それで気持ち悪くないのか?
「普段はどうやっているのですか?」
「洗面器に湯を張り、その湯で体を拭きます」
「ではその洗面器の中で手を開く、閉じるをすれば、効果は高くなります」
僕は答えた。
「なるほど。もしかしてお風呂にはよく入られるのですか?」
「毎日入ります」
「もしかして私は大国の皇太子殿下とお話しているのですか?」
「いえ。僕は一般庶民の娘です」
僕は答える。
何がいけなかったのか……、
それから連絡が途絶えた。
……
僕はいつものように学校に行く。
カエデちゃん、トマトちゃん、僕は別々の高校だ。
二人とは、中学の頃の剣道の試合で知り合った。
皆同じ剣術系アニメのぬいぐるみをカバンにつけていて、
その事をきっかけに仲良くなった。
でもアニメの終了と共に、三人とも剣道をやめた。
剣道をやめても交流は続いた。
学校が違っても、
皆毎日のようにうちの家に遊びに来る。
カエデちゃんはオカルト好きの女の子。
トマトちゃんは異世界ラノベが好きな女の子。
それぞれ趣味は違うけど、
なんとなくうまくやっている。
高校は退屈だ。
友達はいるが、なんとなく表面的な付き合い。
二人とも表面的な付き合いかもしれないが、
もう少し深い絆があると信じている。
カエデちゃんと、トマトちゃんの家の事情は知らない。
そういう話をしたこともないから。
でも、
僕がずっと一人でご飯を食べていることは知っているし、
親が遅くまで帰ってこないことは知っている。
そういうのを聞くのは、違うと思うし、
聞いたところで何もできない。
何もできないなら、聞く意味がない。
そうも感じる。
踏み込めば、傷つくし、傷つけるかもしれない。
あれ、
これって表面的な付き合いなんじゃないかなと、
少し思った。
でも関係性は壊したくない。
そうやって、日常は曖昧に過ぎていく。
総理大臣が誰かなんか関係ない。
ただ日常は曖昧に過ぎていく。
……
終業のベルが鳴り、
帰宅の準備にかかる。
同級生に
「また明日」
と声をかけられ、また声をかける。
明日があると確定している安心感。
そんな日常にただぼんやりと生きている。
公爵令嬢って、どんな気持ちなんだろう。
そんなことを思いながら、
ぼーっと歩いて帰った。
マンションに着くと、
二人が待っていた。
「お帰り」
二人は笑顔で手を振る。
「ただいま」
僕は笑顔で手を振る。
いろいろとモヤモヤする気持ちはあるけども、
今日も二人とだらだら過ごそうとそう思った。
マンションの扉を開き、
僕の部屋に入る。
飾りっけのない部屋に、
場違いなヒヨコのぬいぐるみが一つ。
寂しそうに転がっている。
「しかしジュンの部屋はいつ来ても無機質だよね」
カエデちゃんが言う。
「すっきりしていて良いよ。私の部屋なんか本で埋まってるし」
トマトちゃん。
「私のうちも本で埋まっている」
カエデちゃんは返す。
二人とも本が好きだ。
僕も本を読んだりするが、電子書籍か、図書館で借りることがほとんど。
「ジュンちゃんは、電子書籍派なんだよね」
トマトちゃんは言う。
「うん。
小学五年生の頃、父さんが家じゅうの本を裁断して、電子書籍化した。
それからずっとそう」
僕は答える。
「すごいね、何冊くらいしたの?」
とカエデちゃん。
「父さんと母さんのだけで1000冊以上あったから、三人でGW中ずっとしていた」
僕は当時のことを思い出す。
僕のお気に入りの絵本が、裁断機の餌食になっていく姿。
今思い出しても少し悲しい。




