公爵家令嬢の悩み
「実は私……、
公爵家の娘なのに、落ちこぼれで」
短い言葉の中には、
彼女の苦悩が詰まっている気がした。
僕も落ちこぼれだ。
「はい」
僕は短く返す。
「どうしたら良いか悩んでいて、なにか助言を頂けないかと」
切実な悩みだ。
僕は悩んだ。
実は僕も落ちこぼれなのです。
そう答えようか。
「マービン様なら、きっと悩みを解決してくれるかと思っていたのですが、マービン様を頼れるのが、この魔道具だけでして、相談できる相手がいないのです」
続いてメッセージが届く。
相談できる相手がいない。
そうか、
だから、どこの誰ともわからぬ異世界の相手を頼るしかないのか。
「あの家庭教師の先生とか、そういう方はどうですか?」
反射的に返信をする。
僕は自らの重みを他人に押し付けようとしていた。
少しの嫌悪感が、
僕の横を過ぎていった。
「信頼ができないのです」
短い言葉。
公爵令嬢という立場は、それほどまでに過酷なものなのだろうか?
「公爵令嬢というお立場が関係しているのですか?」
「そう思ってもらって結構です」
短い返答。
僕はあまり深くまで入り込まず、
当たり障りのない回答をしようと思った。
僕にはインターネットがある。
そこの回答をコピペで伝えればいい。
簡単なことだ。
そう思った。
……
僕は爺ちゃんが昔に言っていたことを思い出していた。
成績が下がったことを母に叱られ、
落ちこぼれだと嘆く僕に対して、
「いいかジュン。お前は落ちこぼれだと言っているが、すべてのものが苦手なわけじゃない。
たとえばな。お前は鶏のから揚げは好きだろう。でもピーマンは苦手だ。そうだろ」
「うん。ピーマンは苦手。鶏のから揚げならいくらでも食べられる」
「そうだな。つまりジュンは、鶏のから揚げは得意。ピーマンは苦手なんじゃよ。それがな、勉強やスポーツなんかでもある。ほら見てみろ。あの体操の選手」
テレビに映る当時人気だった体操選手を指さし、
「あの選手なんかは、体操は得意じゃが、球技なんかは大の苦手じゃ。それでも世界で活躍できる」
短い言葉だったが、子供ながらに、その言葉に勇気をもらった。
しかし僕の心にはすぐ影が差す。
「でも苦手だと、成績が悪くなるよ。学校はスーパーマンを育てたいんだ」
僕は言った。
爺ちゃんは目を細め、
「スーパーマンか……、
面白いことを言うな。
たしかにそんな側面はあるな。
しかし、ジュン。お前はピーマンは苦手でも、ナポリタンとかピザのピーマンだと食うだろ」
爺ちゃんは僕の頭をポンポンする。
僕は考えた。
たしかにそうだ。
「うん。あのピーマンは美味しい」
「つまりな。お前が苦手なのは、実はピーマンじゃない。ある特定のピーマンの調理方法なんじゃよ」
「特定の調理方法?」
首を傾げる僕に、爺ちゃんは問いかける。
「焼肉のピーマンは?」
僕は首を横に振る。
「ピーマンの揚げたのは?」
僕は首を横に振る。
爺ちゃんはニンマリと笑い、
「そうだろ。焼肉のピーマンと揚げたピーマンは苦手。ナポリタンとピザのピーマンは得意。つまりそういうことなんだ」
そう言い、
再び爺ちゃんは僕の頭を撫でる。
僕は爺ちゃんを見て、
「算数とか音楽にもそういうのがあるってこと?」
そう尋ねる。
「そうじゃ、そうじゃ。そういうことだ。算数は何が苦手だ?足し算か引き算か?」
爺ちゃんは縁側に腰をかける僕を覗き込む。
「やめてよ。足し算とか引き算はできるよ。苦手なのは分数だよ」
「じゃあ、分数は全部苦手か?」
爺ちゃんは聞く。
僕は考える。
分数は苦手だけど、分数の足し算、引き算は苦手じゃないかも。
「分数の足し算、引き算は苦手じゃない」
僕は答える。
「じゃあ、分数の掛け算、割り算は?」
爺ちゃんは尋ねる。
「掛け算はできるかな?割り算は頭がこんがらがる」
僕は言った。
「ジュン。お前はすごいな。苦手なのは、分数の割り算だけだなんて」
爺ちゃんは目を丸くした。
今思えば、あれは演技だったのかもしれないけど、
僕にとっては、自信がついた一つの出来事だった。
……
「落ちこぼれとおっしゃいますが、得意な分野、本当に苦手な分野があると思います。あなたのもっとも苦手な分野はなんですか?」
僕はまず、苦手な分野を絞ることにした。
「剣術です」
すぐに返信が届いた。
僕は少し安心した。
剣術ならなんとかなりそうだ。
しかし、相手の状態が見えないから、なんとも言えない。
どうしよう。
「僕にはあなたの状態が見えません。具体的にどんな状態なのか、教えてもらえますか?」
僕は尋ねる。
「まるで歯が立たなくて、練習についていけません」
返信が返ってくる。
歯が立たないというのは、練習相手にだろう。
練習についていけないというのは、
どういうことだろう。
「練習についていけないというのは?具体的にどうなりますか」
僕は尋ねる。
「途中でバテてしまうんです」
これは、
体力の問題なんじゃないか。
僕はそう思った。
「練習の後、痛くなったり、フラフラするとか、そういうところはありますか?」
「ペンが握れなくなるのと、歩くのが辛くなります」
そう返ってきた。
これなら、答えられる。
僕も剣道で経験済みだ。
……
僕は中学生の頃、
アニメの影響で剣道を始めた。
体力のなかった僕は、
メアリーちゃんと同じ状態で、
辛くて辞めようかと思っていた。
それを救ってくれたのが、
お爺ちゃんだった。
「剣道をやめようと思っているって?
どうした。あんなに剣士に憧れていたのに」
爺ちゃんは不思議そうに尋ねた。
「だってね。練習したら手は動かなくなるし、足はふらふらになるから」
僕はそう言った。
すると爺ちゃんは、
口元を緩め、
「それはな。足の筋肉と、手の前腕の筋肉が悲鳴をあげているだけだよ。
少し鍛えれば、すぐに良くなる」
そう言った。




