賢者マービン
「マービン様、追手がやってきます。お隠れください」
そう一番弟子のジェームスは、私をグンダラー樹海へ逃がした。
グンダラー樹海は、大陸最大の樹海だ。
生きて出た者はいないとさえ言われる。
よりによって、こんなところに逃がすとは。
我が弟子ながら、あきれはててしまう。
別れぎわ、ジェームスはこう言っていた。
「マービン様の知識があれば、樹海でも大丈夫です。」
一瞬でも、私の知識があれば行けそうだな。
と思った自分の判断を恨む。
私は書物の記述を思い出す。
切り株を見ろ。
日差しの強い南側の年輪は広い。
そうだ。
私は、切り株を探す。
おいおい。
この樹々が密集し、人が近づかない樹海に、切り株があるのか?
入ってから数刻経つと思うが、切り株すら見つからない。
そうだ。たしか湿り気のある北側に苔が密集するはずだ。
私は木の苔を頼りに探す。
しかし木の向きや地形の高低で、
苔は点在している。
参考にすらならない。
(ほーほーほー)
梟だろうか。
私の無知をあざ笑うかのような鳴き声が聞こえる。
数刻の間に、しゃれこうべを十ほど見た。
同じところをくるくる回っているのか。
それとも十人の躯があったのか。
それすらも定かではない。
しかし、私はなぜ追われるようになったのか。
権力とは距離を開けていたはずなのに。
私の脳裏に一人の少女の姿がよぎった。
メアリー・アムステルダム。
公爵家の令嬢だ。
何年か前、盗賊団に襲われる彼女を救った。
別に正義感が強いわけではない。
盗賊団がただ気に入らなかっただけだ。
あいつらは、しゃれこうべに、いばらをあしらった旗を掲げていた。
それが気に入らなかった。
いばらは私が好きなモチーフだったからだ。
そこで私は、計略を使い、盗賊団を葬った。
五十ほどの小さい団だったし、
練度も低いから、少しの計略ですんなり壊滅した。
そのことに感謝したのか、
少女は側に仕えてくれないかと打診してきた。
普通であれば、またとない仕官先ではあるが、
丁重にお断りした。
政治権力などと付き合いをすると、ろくなことはないからだ。
ただ、少し情が移ったのか。
友人としてなら、相談に乗ろうと、約束してしまった。
彼女とのやり取りは、それなりに面白くはあった。
政治にかかわることは避けたので、普通の相談相手だったからだ。
公爵家の令嬢というのは、このような悩みを持つのかと。
そういう、好奇心は満足した。
しかし、彼女と話せば話すほど、変な力が生活に加わるようになる。
どうも彼女の一番上の兄が曲者らしい。
そして、今私は樹海で迷ってしまっている。
この件は彼女のせいではないのは、わかっている。
公爵家の長男なのだろう。
しかし、賢者とは呼ばれているくらいの知恵者とはいえ、
どうすれば、この難局を突破できるのだろう。
そう他人事のように思っていた。
……
森の中が暗くなり始めた。
私は、この樹海から出るという選択肢を捨てるのも一つかと思い始めていた。
私には基本的に追手がいる。
ということは出ても、捕まる。
捕まれば、牢屋に入れられるか。
処刑されるだろう。
しかし、何の罪だ。
どうせ、でっち上げの罪だろう。
その罪をでっち上げられ、葬られるために、わざわざ苦労して樹海から出るか?
でも出ても、私だとバレないかもしれない。
どうか……。
ダメだ。
私は異常に賢い。
しかも無自覚に賢いから、賢さを隠すことができない。
一般人の知識レベルを、自分と同等と思ってしまうから、ついつい暴走してしまう。
弟子によく言われた。
「マービン様は、賢い自覚があるのに、時として自覚のない発言をよくする」
と。
政治と距離を取るということにも、忠告された。
「賢きものを野放しにするのは、危険だと思う輩もいます。
手に入らぬなら、他にも手に入らぬように、始末しようとする連中です」
私はそんな非合理なことはせぬだろうと思っていたが、
実際は違うのだろう。
よくよく考えれば、
謎の失踪をした知人は多かった。
皆、賢かった。
つまり賢きことは、ある者達にとっては、利用価値があるのかもしれないし、
利用できぬなら、潰すべき相手なのかもしれない。
……
私は薪になるものを探しながら、思考を巡らした。
知識についてだ。
金銀財宝は無限には持てぬ。
それを守る衛兵も必要になるし、
倉庫や屋敷も必要になる。
部屋以上の量の金銀財宝を蓄えることもできない。
しかし知識は違う。
知識は時間の許す限り蓄えることができるし、
知識と知識をかけ合わせ、知恵とすることで、さらに大きな力にすることもできる。
ほんの一つの小さい発想で、大国を滅ぼすことさえできる。
それが知識であり、知恵だ。
私は8歳の頃、知識がもっとも大いなる力の源泉であることを、理解した。
知識を蓄えれば蓄えるほど、生活も豊かになった。
地方の一行商人に過ぎなかった私の父は、私のアイデアを使うことで、その地方の大商人まで上り詰めた。
気を良くした父は、さらに私に書物を買い与え、いろんな人と交流を取らせた。
そして25歳の頃には賢者と呼ばれるようになった。
国や役所から何度も打診があった。
知識を国の役に立てて欲しいと。
そのたびに断った。
私が興味があったのは、知識を増やすことだけだったからだ。
今思えば、もう少し知識を運用活用したりすれば良かったと。
そうも思う。
それであれば、樹海で迷うこともないだろう。
まぁ樹海に来るなんて、私が自ら選択するはずもないのだが。
……
身体が冷えてきた。
水はあるが、食料もない。
草などはあるが、調理する道具がない。
そして動物はいるが、狩る道具がない。
私は考える。
あの少女に、もう少し、生き抜く方法でも教えてやればよかったと。
今私がこうなった原因は、彼女の兄にある。
もし、それを早々に潰す計略でも考えていれば、
私はこうなることはなかった。
まぁ政治に興味がないのだから、悔やんでも仕方がないが、
もし、来世があるのなら。
知識を得るだけの暴食はやめ、
活用するという風に生きられればと。
……そう思う。
まぶたが重い。
私はもっと学びたかった。




