奇跡②
ミッシェルが叫んだ。
『ヒロ?先ほど名前をヒロと申しましたよね。法王、ひょっとして、あの伝説は本当だったのですか。』
ローマ法王は、小さく頷いきながら答えた。
『そう、あれは伝説ではない。実話だ。55年前、私もその場面を目撃している。私は新人の僧侶として、当時のローマ法王、ユリア23世に仕えていた。あのとき、確かに生まれたばかりの男の子を見ている。ヨハネ23世が、そこにいらっしゃる彩様に赤ちゃんを預けました。その子の名前は「ヒロ」。そこにいるヒロ様です。』
『しかし、もう一つの疑問が浮かび上がります。彩様ですが、どう考えても、年齢が合わないと思うのですが。55年前に預けていたのであれば、現在の年齢は少なく見ても、75歳。そこにおられる彩様は、40歳ほどにしか見えませんが。つまり、彩様が偽物なら、ヒロ様も偽物ということにならないでしょうか。ならば、今、拝見した奇跡とは神の奇跡ではなく、何かトリックがあるものと考えるのが自然だと思います。私の考えは間違っているでしょうか。』
それを聞いて、彩先生が大笑いをした。
『ミッシェルさんと言いましたね。私は嬉しいわ。女性ですもの、若く見られることは喜ばしいことよ。』
そう言いながら、なぜか俺の頭を叩いた。ミッシェルは、キョトンとしている。たが、このミッシェルは、頭が切れる。見るべきところを、きちんと見ている。法王も笑っていた。
『ミッシェル君、君の指摘は素晴らしい。しかし、私は確かに55年前に、ここにいる彩様に会っている。そして、その美しさに聖職者でありながら、恋心を抱いてしまったことも覚えている。君の疑問に答えよう。彩様、ご無礼をお許しください。ミッシェル、そして僧侶の諸君、ここにおられる彩様は、世界一頭がいい女性であり、世界一美しい女性であり、そして、世界一の高年齢の女性なのですよ。私も、いえ、先代も、先先代も、もちろんヨハネ23世も、彩様に会われています。いつも、同じ姿のままで。彩様は、お歳をとらないのです。ミッシェルよ、先ほど、彩様を40歳と予測していたが、大きく外しているぞ。彩様の年齢は、今年で128歳。私が見間違えるはずないです。確かに、この方は彩様です。疑問は晴れましたか。』
『は、は、はい。しかし、とても、その、あの、128には見えません。法王が恋したのも分かります。美しいです。この美しさも奇跡です。』
彩先生は、ご満悦。グラスのワインを一気に飲み干した。
『ヒロ様、彩様、レイ様の3人は分かりました。もう人方は、どのようなお方なのですか?』
ミッシェルの疑問は、かすみに向けられた。そして、すかさず、法王が答えた。
『見て分かりませんか。彼女を見て、何も感じませんか。素直な感想を聞かせてもらえませんか。』
『はい。余計な邪念を取り払い、素直に答えます。美しいです。上手い形容詞が見つからないのですが、完璧な美しさと言えばいいかもしれません。』
『それが答えですよ。彼女は美の女神。ヴィーナスですよ。アフロディーテと呼ばれる時もありますがね。そして、レイちゃんの母親です。美しさに見惚れてはダメですぞ。ある男を敵にすることになるのでな。かすみ様は、ヒロ様が唯一愛する女性です。つまり、かすみ様を敵にするということは、ヒロ様を敵にすることと同じです。』
僧侶らは、ため息をついた。とんでもない4人を目の前にし、改めて、驚いているのだ。
ミッシェルが再び質問をした。
『なぜ、ユリア23世は、ヒロ様を彩様に預けたのですか。此処の方が安全だと思うのですが。』
『バチカンが安全だというのは、大きな間違いです。ここは、常に世界から狙われている場所です。そして、ヒロ様の能力を魔界は恐れ、その能力が開花する前に抹殺することを目論んだのです。ヨハネ23世は、それを悟り、当時最強と言われていた女性、つまり彩様にヒロ様を預けたのです。そして、それは、極秘情報として処理されました。今、堂々と戻っていらしたのは、能力が開花したからに他なりません。』
法王の熱弁にミッシェルも納得したようである。
『法王が述べたことは本当です。ここは、危険を伴う場所です。例えば、、、。』
俺は、大きな扉のすぐ右側の壁を殴った。壁には穴が開いた。
『ヒロ様、何をなさる?』
一番年老いた僧侶が叫んだ。俺はそれを無視して、壁に出来た穴に手を突っ込んだ。そして、握りしめた拳を引き抜いた。俺に捕まったのは、青い色をした小さな悪魔だ。前に見たゴブリンによく似ている。
『こんなスパイが潜り込んでくる。バチカンは決して安全ではないのです。』
俺は手に握りしめた悪魔に、火を噴きつけた。すると、悪魔は煙となり消えていった。
『まあ、そんなわけで、いわば里帰りをしたってことなのです。』
さすがに、全員が納得した。
レイちゃんがウトウトし始めた。よく考えたら、長旅をしたのだ。疲れて当然。晩餐会もそろそろお開きにする時間だ。
いち早く、法王が察知したようだ。
『では、今宵の宴は、これにて終宴と致します。楽しいひとときを、ありがとうございます。』
法王の挨拶で、晩餐会は終わりの時を迎えた。我々は係りの者の後を歩いて、先ほどの部屋まで案内された。途中、カメルレンゴが俺に声をかけてきた。
『ヒロ様は、こちらの方へ。』
続きの話を聞きたいらしい。俺は、分身仏を一人出して、かすみ、レイちゃん、彩先生の護衛を依頼した。
カメルレンゴの後をついて行くと、そこは法王の執務室であった。すでに、法王は待ち構えていた。
『お疲れのところを申し訳ない。少しだけ、宜しいですか。』
『もちろんです。何なりと、ご質問して頂いて結構です。』
『では、お聞きします。先ほどのダヴィンチの絵のことなのだが、どこで手に入れたのかを知りたいと思ってね。あれだけの代物。そう容易く手放すとは思えないので。』
『さすがは、法王様です。自分も、入手先が信用ならなければ、あの絵が本物とは考えなかったと思います。法王は、トランプ教団をご存知でしょうか。』
トランプ教団の名を口にした途端、法王もカメルレンゴも顔色が変わった。
『もちろん、知っておりますが、その存在を確認しておりませぬ。我々の中では、本当にあるのか疑問視している者の方が多いのです。』
『断言します。トランプ教団はあります。その証拠の一つがその絵です。その絵はトランプ教団から受け取った物です。』
『そうですか。トランプ教団は、やはり存在するのですね。』
『法王は、トランプ教団のことをどれくらい存じ上げていますか。ぜひ、お伺いしたいです。』
『あれを持ってきてくれ。』
法王が、カメルレンゴに命令した。




