海外旅行②
3日後、大宮に迎えの車が来た。自宅を一歩出た瞬間から、VIP待遇だ。馬鹿でかいリムジンに乗り込み、羽田空港に向かった。旅行の目的は二つ。一つは、レイちゃんとの約束である、美味しいスパゲティーを食べること。ベビーの入店が不可の店を予約したと言うことで、今回の俺の姿は、前回のバチカン訪問と同様、3歳女児である。これで、食事の楽しみは得られたが、代わりに恥ずかしい感情を持ちながらの旅行となる。もう一つは、古文書の翻訳の依頼だ。ヘブライ語の専門家に会える手配を済ませてあるそうだ。
羽田空港に着くと、滑走路までリムジンで進んで行く。政府専用機に横付けし、何の手続きも無しに、専用機に乗り込む。機内は、広い。ゆったりと過ごせる。彩先生によると、CAやコックも登場しているそうだ。この人たちは、我々のことをどう思っているのだろうか。何れにせよ、良くは思っていないだろう。旅費について聞いてみたところ、彩先生はきっぱりと答えた。
『ゼロ円よ。』
かすみは顔を真っ赤にして質問した。
『じゃあ、全て国の税金で支払ってるってこと?』
『結論からすると、そうなるわね。でも、それ以上の仕事を私はしていますから。何の心配もしなくて平気よ。かすみさん。』
専用機は、優先的に滑走路に入り、離陸した。
ローマまでの飛行時間は、およそ12時間である。長い移動時間である。このところ、瞬間移動で動いていたので、何だが時間を弄んでしまう。安定飛行に入り、食事や飲み物が運ばれて来た。豪華なフルコースである。かすみも彩先生もワインを飲んでいる。俺とレイちゃんは、オレンジジュース。3歳だから、当たり前である。もし、この体でアルコールを飲んだらどうなるのか。俺は試したくなった。食事の後、かすみも彩先生も眠りについた。チャンス到来。俺はこっそり、機内を散策し、ワインのボトルを発見した。大好きな白ワインだ。俺はグラスに注ぎ、一気に喉に流し込んだ。
『う、う、美味い。』
やはり、白ワインは美味い。そう思った直後、体に異変が起きた。頭がクラクラし、体が熱くなって来る。これは、急性アルコール中毒だ。俺は、トイレに駆け込み、無理やり吐いた。フラフラの状態で、座席に戻ろうとしたが、途中で倒れ、意識を失った。
長い長い夢を見た。ここは、どこだ。洞窟だ。女の人が座っている。ああ、これは岩窟の聖母の絵の中だ。俺は、女の人に声をかけようとした。すると、向こうから声をかけてきた。
『待っていたわ。お久しぶりね、ぼんちゃん。ちひろちゃんと呼んだ方が良いかしら。』
ああ、この笑顔はレイちゃんだ。
『レイちゃん、大きく、そして綺麗になったね。』
『まあ、嬉しいわ。レイ、大人になって、母にもなりました。この子が私の息子よ。』
『可愛い子だね。レイちゃんに似ている。とても利発そうな顔をしているよ。』
『ぼんちゃん、どうして、ここに来たの?』
『よく、分からない。どうやら、夢の中から彷徨ってきてしまったみたいだ。レイちゃん、隣の人は、どなたなの?』
『まあ、忘れちゃったの?よく見てごらんなさい。』
俺は、レイちゃんの隣の人を見つめた。分からない。見たことない人だ。俺のことを優しい眼差しで見ている。
『あなたがヒロ?ずっと、会いたかったわ。ずっと、ずっと会いたかった。』
そう言うと、その人は、大粒の涙を流し始めた。俺のことを知っているようだ。
『あなたは、誰なのですか?』
『ちひろちゃん、ちひろちゃん、大丈夫?』
う?誰かが呼んでいる。かすみの声だ。俺は目を覚ました。アルコールは抜けた。頭も冴えている。しかし、いったい夢の中の人は誰だったのか。
『ああ、良かった。床に倒れているから、心配しちゃった。』
『ママ、ごめんなさい。』
ママ?ひょっとして、夢の中の人は、俺の母親なのか。しかし、夢の中の話だ。確かめようがない。
『汗かいてるね。お着替えしましょ。』
かすみは優しく微笑んでくれた。
ローマに到着した。ローマ空港。別名『レオナルドダヴィンチ空港』とも呼ばれている。本当に迎えが来るのか、俺はドキドキしている。専用機のタラップを降りると、見覚えのある顔があった。カルメレンゴだ。こちらを見て、ニコニコしている。さらに、その後ろにいたのは、まさか、そう、まさかである。彩先生の力の大きさを感じざるを得ない。カルメレンゴの後ろに立っていたのは、紛れも無いローマ法王だ。彩先生は颯爽と、レイちゃんは元気よく、かすみはフラフラしながら、階段を降りた。フラフラするのは当たり前だ。ローマ法王が出迎えるなんて、前代未聞の話である。
『お待ちしておりました。再び会えて嬉しい限りです。長旅、お疲れでしょう。』
ローマ法王が彩先生に挨拶をした。レイちゃんが近づくと、大きな手を頭に当てがった。
『よく来たね。美味しいスパゲティーを用意してあるからね。』
レイちゃんは、飛び上がって、喜んでいる。それを見ているかすみは、緊張のあまり顔がこわばっている。
『ほ、ほ、法王様。お、お会いできて光栄です。』
『緊張なさらずに、普段どおりで、お過ごしください。あなた様がかすみ様ですね。お美しい。世界一美しいと言う噂は本当でしたね。』
かすみは、顔を真っ赤にした。今にも興奮で倒れそうな雰囲気である。それを察したのか、カルメレンゴが肩を抱いた。
『はーい、ちひろ。あなたに会うのを楽しみにしていました。今回も、何やら面白い話があるようですね。あなたの訪問は大歓迎。いや、バチカンこそ、あなたのホームです。』
俺は、無礼を承知で、法王と握手をした。なんて言うか、心の大きい人、器の大きい人だと改めて感じた。我々4人は、法王とは別のリムジンに乗り、空港を後にした。




