宿命①
降り立ったのは、本当に山奥であった。樹々がそびえ立つ山深いところだ。当然ながら、辺りには何もない。時折吹く風に木々が揺られる音、鳥のさえずり、他には何もない。
俺は、ゆっくりと宙に浮いた。空から見下ろすと、すぐに古い建物があることが分かった。それは円形をしている。建物というよりも、遺跡あるいは古墳のようにも見える。間違いない、ここに2人は監禁されている。俺は姿を昆虫サイズに小さくし、建物に近づいた。入り口はすぐに見つかったが、俺は換気口から侵入した。建物の中には人がいることが分かる。なぜなら、灯りが灯されているからだ。人の気配もする。さらに、嫌な殺気というか、霊気のようなものも感じられる。
中央に進んでいくと、大きな空間が存在していた。正方形の形をしている空間である。四方の壁に動物の絵が描かれている。龍、麒麟、鳳凰、亀の絵である。瑞獣あるいは霊獣と呼ばれている。古代中国の神話の話に出てくる動物だ。やはり、ここは遺跡なのか。この大きな空間を横切った先に鉄の扉で閉ざされた部屋があった。扉には頑丈な錠前が取り付けられている。この中に2人がいる可能性が高い。俺は部屋の中に瞬間移動した。予想通り2人がいた。縄で縛られ、横たわっている。2人以外に、見張りなどはいないが、隠しカメラで見張っている可能性は残っている。俺は昆虫サイズのまま、2人に近づき、縛っていた縄を焼き切った。熱に驚いた2人は目を覚ました。俺は5cmほどの大きさになり、2人に向かって囁いた。
『MR.T、佐々木のおじちゃん、助けに来たよ。ちひろだよ。』
2人は助けが来た安堵より、小さい俺を見て、驚いた顔をしていた。組長が呟いた。
『ちひろ様、罠です。これは罠です。逃げて下され。』
MR.Tも頷いている。なるほど、俺をおびき寄せることが狙いだったわけか。さて、どうするか。一番に考えなければならないのは、2人の安全だ。俺は分身仏を二体出した。扉をぶち壊し、分身仏に2人を助け出させることにした。俺は、ちひろの姿に戻った。そして、全身にオーラを纏い、扉に向かって一気に放った。
ガリガリガリガリ、、、ズカーン!
扉に穴が空いた。分身仏は、2人を抱えて建物の外に逃げ、宙に向かって飛び立った。さあ、どんな奴が出てくるのか、罠にはまった俺を倒しに。
俺は、ゆっくりと扉の穴から出て、大きな空間に向かって歩いた。向かった先に、3人の男が立っていた。すぐに、1人の男が向かってきた。凄まじい殺気だ。武器は持ってはいない。
『ウオー、アチャー!』
中国拳法だ。無駄なことを。俺は相手の攻撃をかわし、顎に向かって拳を当て、一撃で倒した。すぐさま、次の男がやって来た。今度は武器を手にしている。拳銃だ。これまた無駄である。男は、銃を連射した。俺は、全ての銃弾を避け、相手に近づき、首を手刀で切り裂いた。男は呆気なく、倒れ去った。
最後の男は、襲って来なかった。
『ちひろと申す者、流石です。やはり、最強と言われているのは、偽りではないのですね。だが、その伝説も、ここで終わりにして差し上げましょう。ちひろ、あなたは開けてはいけない扉を開けようとしているのです。故に、ここで死ななければならないのです。』
『何をごちゃごちゃ言ってるの。イタリアとか、スペインとか、そして今度は中国?私は世界史が苦手なの。ああ、面倒だわ。これ以上、怒らせないで。』
『私は、あなたと闘うつもりはないです。恐らくはこの世に、あなたに勝てる人間はいないでしょう。そう、人間はね。』
男はニヤリと笑った。この瞬間まで、全く感じていなかった感情が、ふつふつと沸いてきた。恐怖だ。
真面目に闘わないと、やばい。俺は、臨戦態勢に入った。
『やっと本気になったようだな。だが、その本気も無駄になるぞ。この神々に勝てるかな。』
男が後ろに下がると、何やら煙のようなものが、空間を覆ってきた。この建物に入った時に感じた霊気が強くなってくるのが分かる。悪魔と戦った時よりも、遥かに強い霊気だ。
煙が薄くなっていく。俺は四体の大きな物体に囲まれていた。霊気の正体が判明した。そして、恐怖の正体も。龍、麒麟、鳳凰、亀の四体である。四方の壁に描かれていた瑞獣だ。なるほど、俺に勝てる人間はいないが、瑞獣なら俺を倒せるということか。俺はゆっくりと体を大きくし、魔人バブーに変身した。だが、悪ふざけが通用する相手ではない。再度変身をし、ヒロの姿になった。
龍が睨んでいる。ドラゴンである。目を見れば分かる。こいつは恐ろしく強い。全く勝てる気がしない。いや、今の俺の力では、戦えば確実に負けるであろう。俺はその目を睨み返した。龍は全く怯む様子がない。龍だけではない。残りの三体の気の大きさに、体が潰されそうだ。どの瑞獣も俺より遥かに強い。
『ダガアー!』
龍が叫んで、威嚇してきた。そして、龍が近づいてくる。戦わずして逃げるのが、最善の策をかもしれない。そう、瞬間移動すれば済むことだ。だが、俺は最善の策を、敢えて封じた。これこそ、課せられた試練だと思ったからだ。俺は龍の目を見続けた。
『ダカアー、ダカアー!』
龍が再び叫んだ。俺は龍の目を見ながら、自分から近づいた。すると、龍がたじろいだ。
背後から、鳳凰が飛んで来た。俺の頭の上を乗り越え、龍との間に浮いている。龍に語りかけているように見える。横を見ると亀と麒麟が身体を伏せている。この獣らは何を思い、何を語っているのか。俺は、更に一歩、龍に近づいた。すると、鳳凰が宙に舞い、そして俺の肩に降りて止まった。俺は龍の頭に手のひらを乗せた。龍は大人しくなった。そして、その巨大な体を伏せた。俺は瞬時に、四体の瑞獣の心を感じた。瑞獣にやましい心など一切ない。彼らは平和を望んでいる。彼らもまた世界を守る神なのだ。逆に、瑞獣に俺の心が通じ、おそらく、俺の正体を分かったのだと思う。俺自身が分かっていない、俺の正体を。もはや、勝負はついた。四体の瑞獣は、闘うことを拒否し、俺に忠誠を誓ったのだ。




