古びた箱③
『そうだ。』
俺は、ひらめいた。さっきは、ほとんど見なかった古文書を筒の中から、取り出した。ひょっとすると、これにも謎があるかもしれないと思ったからだ。古文書を広げた。こちらは、確かに文字が書かれている。俺は試しに鏡を当ててみた。しかし、残念ながら鏡文字ではなかった。またまた、レイちゃんが覗き込んでた。
『また新しいのが出てきた。面白そう。』
レイちゃんの好奇心は旺盛だ。だが、さすがに古文書の読解は無理であろう。負けることが嫌いな性格だから、「分からない」などとは決して言わない。分かるまで諦めずに粘り続ける。プライドが高いのだ。でも、その執着心は、見習いたいものだ。
『うーん。だいたい分かったよ。』
何だって。今、見始めたばかりじゃないか。
『えっ、レイちゃん、これ読めたの?』
『内容までは分からないけど。何の為に書かれているのかは、分かったよ。ぼんちゃんには、絶対に分からないと思うわ。』
レイちゃんは、ニコニコしている。俺の方は、プライドがズタズタだ。
『何で、俺には分からないの?』
この質問を待っていたようだ。嬉しそうに答え始めた。
『だって、ぼんちゃん、上下逆さまで読んでるんだもん。』
えっ!そうか、レイちゃんが分かったのは、俺の正面から、この古文書を見ていたからなのだ。俺は、古文書を回転させた。それでも、何が書かれているか分からない。もう一度、鏡を当てて見た。すると、再びイタリア語が浮かび上がってきた。
これは、手紙だ。
『レミちゃん、これは手紙だね。』
『当たり!宛名と差出人が分かるよ。後は、読めないけど。』
そうか、一番上と、一番下の文字だけ、読めたのか。俺は鏡を当てながら、文字を追った。そして、その文字は俺の心臓の鼓動を激しく波打たせた。
古文書に書かれていた宛名、それは『Chihiro』。そして、差出人の名前は、『Gesu Cristo』。ジェズ•クリスト。イタリア語で、イエスキリストだ。これは、キリストが俺に当てた手紙だ。その手紙を、トランプ教団のハート軍が保管していたのだ。ハート軍のキングが、俺を『Chihiro』と認識し、キリストから預かった手紙を『Chihiro』つまり、俺に渡したのだ。2000年の時を超えて。
そうなると気になるのは、手紙の内容だ。俺はイタリア語は分からない。信頼できる人に訳してもらわないといけない。俺の頭に、彩先生の顔が浮かんだ。俺は手紙をカメラで撮影し、パソコンで上下、左右を反転させたものを印刷した。
『レイちゃん、美味しいものを食べに行こうか。』
『うん。食べに行く。美味しいスパゲティー食べたいなあ〜。』
『よし、任せて。美味しいお店を探すね』
俺は純粋に、レイちゃんにお礼をしたいと思ったのだ。
大人は既成概念が邪魔をして、見えるものまで、隠してしまう。レイちゃんの純粋な心は、見えないものはない。体を鍛えるよりも、心を鍛える方が大切だと、しみじみ思った。
俺は、2枚の絵と手紙の入った筒、それと印刷した紙を持って、彩先生の部屋に瞬間移動した。彩先生は、眠たそうな顔をしながら、リビングでコーヒーを飲んでいた。
『おやおや、ヒロ君、こんな朝っぱらから何の御用?内容によっては、許さないわよ。』
俺は、トランプ教団のハート軍のキングから譲られた筒の中身を見せた。もちろん、ことの経緯と内容を詳しく説明した。さらに、ダヴィンチの絵と、手紙の暗号をレイちゃんが解いたことも話した。
『何で、こんな重要なことを、今まで報告しなかったの?これで、お仕置き3回ね。』
『えっ、何で3回?』
『レディーの部屋に不法侵入。無断で男に戻ってる。そして、報告義務違反。文句ある?』
俺、何か悪いことしたかなあ。まあ、いつものことだから気にしない、気にしない。
『ダヴィンチが書いたと思われる絵は、本物だわ。ヒロ君、この絵、売ったら、いくらぐらいになると思う?』
『100万円くらいには、なるのかなあ。』
『はあ?あなた、馬鹿じゃないの?ダヴィンチの絵よ。少なく見積もっても、100億は下らないわよ。』
『えーーー、そんなに、、、』
『ダヴィンチは、作品数が少ないの。だから、どうしても高い値がつくの。しかも、これは岩窟の聖母の試作品。あの有名な岩窟の聖母。オークションに出したら、青天井になるわ。』
『でも、俺は売る気はないよ。』
『そうね。でも、あなたが所有する代物ではないわ。これは全人類の宝です。用がなくなったら、どこかに寄付をするとか考えなさい。お世話になったバチカンにでも、持って行くといいわ。』
『いや、手放したくないんだ。理由は、よく分からないが、この絵を見ていると、不思議な感じになるんだ。』
『そうね。自分が描かれている絵なんて、滅多にあるものではないものね。そして、中央に鎮座している聖母マリアは、明らかにレイちゃんですしね。分からないのは大天使ガブリエル。この絵が予言書なら、ガブリエルとは、誰のことなのかしら。』
俺と同様、彩先生も興奮していた。
『それで、古文書を画像処理したのが、これね。で、これを翻訳してほしいという訳ね。でも、ヒロ君、詰めが甘いわ。確かに宛名と差出人は、イタリア語で書かれていますが、本文はイタリア語ではないわ。だから、私にも読めません。これは、おそらくヘブライ語よ。別な方法を考えましょう。』
ヘブライ語。古代ユダヤ人が使っていた言葉だ。イエスの手紙だとすれば、むしろ自然だ。古代ヘブライ語は、聖なる言葉、神の言葉と言われている。少し奇妙な話がある。ヘブライ語と日本語には共通点が多いということだ。日本語の起源はヘブライ語だという説もある。あの国歌である『君が代』の歌詞。日本語としては、難解である。ところが、そのままヘブライ語で読めるというのだ。君が代をヘブライ語で訳すと、次のようになる。
『立ち上がれ、シオンの民、神に選ばれし者、喜べ、人類を救う民として、神の予言が成就する、全地で語り鳴り響け。』
たまたま、そんな風に読んだだけだろうと思うかもしれないが、偶然にしては、恐ろしすぎる。神の悪戯のような、理屈では考えられない内容なのだ。イスラエル人であるキリストがヘブライ語で、日本人である俺に手紙を書いていたとなると、何やら不思議な縁を感じざるを得ない。
『ヒロ君、バチカンに行きましょう。最も信頼できる人に訳してもらうのがいいわ。さあ、行くわよ。』
『彩先生、俺はレイちゃんとスパゲティーを食べに行く約束をしているので。数々の暗号を解いた貰ったお礼に、美味しい店を探さないといけないので、今すぐにバチカンには、行けないです。子供とはいえ、約束を反故にすることは出来ないのでね。』
『言っておきますけど、あなたも子供よ。しかも、ベビー。子ども同士で、レストランなんてダメでしょ。私も行きましょう。お店も、私が探すわ。あなたより、私の方が舌が肥えてるからね。そうだ、この際、本物のパスタを体験させるってのはどう?みんなで、イタリアに行きましょう。そのついでに、ローマ法皇に会いましょう。』
そんなこと急に決めて、無理に決まってるじゃん。でも、彩先生が口にした以上、誰も止められない。できれば、かすみと二人っきりで、ローマを旅したいのになあ。




