日本の謎②
翌朝、分身仏を残し、正倉院に瞬間移動した。早朝だからなのか、それとも日常的なのか、静けさが耳を貫いていく。しかし、静けさと裏腹に、注意しないと分からないが、いたるところに監視カメラが設置されている。俺はオーラで体を包み、姿を消した。長い廊下を進んでいくと、大きな木製の扉にたどり着いた。俺は迷わず扉の向こう側に瞬間移動した。展示室のようで、掛け軸や、絵画、彫刻、さらには色々な種類の器などが飾られている。ここに秘密めいたものは、無さそうである。
さらに、奥に進む。行き止まりになった。しかし、建物の大きさからいって、まだ先に空間はあるはずである。さすがに壁を破壊することは出来ない。天井に換気口がある。昆虫サイズに変身して、この換気口から、探ってみようかと思った時、僅かではあるが、殺気を感じた。誰かが見ている。俺は、殺気の方向を確認した。やはり、壁の向こうだ。体を小さく変身させ、換気口に入り、殺気の元へと向かった。思った通り、大きな空間があった。男が一人椅子に座っている。俺はその男の前に舞い降りて、ちひろの姿に戻った。男の顔を見て驚いた。見覚えのある顔だったからである。
『そろそろ来る頃だろうと思っていました。お待ちしていました、ちひろ様。』
その男は、バチカンの僧侶、ミッシェルであった。
なぜ、ここにミッシェルがいるのだ。そして、なぜ、俺がここに来ることを予想していたのか。理由が分からない。しかも、殺気を出しているということは、俺に対して敵意があるということだ。バチカンのときは、ただの老いぼれ僧侶という感じであったが、演技だとすれば、大したものだ。
『これ以上、あまり深入りしないでいただきたい。』
『どうして私が来ると思ったの?来ては、悪い理由があるわけ?』
『あまり、多くは語れない。一言で言えば、あなた様が邪魔な存在だということです。』
『ミッシェルさん、あなたは、フランス人と語っていましたが、それは嘘ですね。さらに、バチカンにも潜入して、探りを入れていたようですから、つまり、あなたは、別組織のスパイ。その顔は、図星ですね。』
ミッシェルから殺気が溢れてきた。こいつ、俺と戦うつもりなのか。
『お引き取り願いたいという、こちらの要望が、お聞き入れないのなら、仕方ありません。強行手段に出させてもらいます。』
仕方ないとは、こちらの台詞だ。俺は気を集中させ、ミッシェルの心を読み取った。なるほど、そういうことか。奴の考えが分かった。
『やめた方がいいですよ。私には勝てないと思うので。』
俺の忠告に耳を傾ける意思はないようだ。ミッシェルは、懐から拳銃を出し、俺に向けて構えた。
『さようなら!ちひろちゃん。』
ミッシェルは、引き金を引いた。銃声が響き、火薬の匂いが立ち込める。銃弾は俺の胸を貫いた。俺は、後ろ向きに床に倒れこんだ。ミッシェルは、携帯電話を取り出し、電話を始めた。
『ミッション、完了。』
もちろん、俺は死んではいない。死んだふりをしている。ミッシェルが、どこの組織に属しているのかを確かめるために、死んだふりをした。ミッシェルの肩の上には、昆虫サイズの分身仏が乗っている。分身仏は、ミッシェルがかけた電話番号を記憶した。その番号は国際電話である。国番号が『39』。イタリアだ。組織の本部があるに違いない。
分身仏は、さらに情報を伝えてきた。ミッシェルの指輪の絵柄である。大きな指輪に描かれているのは、馬に二人の騎士が相乗りしている紋章である。これで、つじつまが合う。ミッシェルは、秘密結社の一員だ。その結社の名前は、『テンプル騎士団』だ。指輪の紋章が証拠である。テンプル騎士団は、初回の十字軍遠征の頃に聖地エルサレムで結成された組織である。キリスト教徒が安全に聖地エルサレムへ巡礼出来るように見守ることが使命であった。一時は、ローマ法王に公認をもらっていた組織である。しかし、現在では、その存在は確認されていない。そのテンプル騎士団が俺を敵だと決めたようだ。俺が知っていること、これから調べようとしていること、そのことがテンプル騎士団にとって迷惑なのだろう。わざわざ日本まで来て、行動に出ているのだから、よっぽどのことなのだろう。そもそも、『ちひろ』のことを知っている人は少ない。バチカンでの法王とのやりとりで、危機感を持ったのに違いない。ポイントは、『キリストの手紙』だ。なぜ、キリストは日本人である俺に手紙を書いたのだろう。そのことを考えれば、想像がつく。俺の推測が公表され、さらには証拠まで見つけられては困るということだ。逆に言えば、キリストと日本との間には、何かしらの関係があるということを少なからず物語っているわけだ。
さらに、興味深いのは、テンプル騎士団がエルサレムに建てた宮殿の名前だ。『ソロモン神殿』である。『ソロモン』、彩先生から聞かされた文言だ。ユダヤの三種の神器は、ソロモンの宝のことである。今まさに、俺が探している宝だ。伝説によると、テンプル騎士団は、三種の神器を見つけ出し、それを守っていると言われている。にもかかわらず、それを探すきっかけになればと、正倉院に来た俺を、待ち伏せいていたのが、ミッシェルだ。奴らの手に三種の神器はないはずだ。
もう、ミッシェルに用はない。
携帯電話をしまったミッシェルは、ここから立ち去ろうとしている。俺は、声を出した。
『テンプル騎士団のミッシェルさん。ミッションは失敗よ。』
ミッシェルは、慌てて振り返った。俺はゆっくりと体を起こし、ミッシェルに対峙した。そして、ミッシェルを睨んだ。ミッシェルは、さっきと同じように、懐から拳銃を出して、銃口を俺に向けた。
『無駄よ、ミッシェルさん。あなたに、私を倒すことは出来ないわ。晩餐会での余興をお忘れになったのかしら。私は死なないの。』
俺の言葉など聞く耳を持たないようだ。引き金を引いた。引いた、引いた。立て続きに3回も銃を撃った。銃弾は全て、俺の体を貫いた。だが、今回は倒れることはなかった。銃弾の跡は、すぐに塞がり、何事もなかったように、俺は立っている。
『ね、無駄でしょ。ミッシェルさん、いいこと教えてあげる。聖杯って知ってる?私ね、聖杯を持ってるの。でね、その聖杯でミルクを飲んだから、不老不死になったのよ。凄いでしょ。』
『聖杯。まさか、そんな。なんで、こんな小娘が持っているなんて。嘘だ。信じられない。』
『私、嘘つきじゃないもん。ミッシェルさんも、キリストの手紙を見たでしょ。その手紙と一緒に、私がもらったの。トランプ教団から。』
『トランプ教団から、、。』
『ミッシェルさん、色々と調べて、色々なことが分かったの。多分、それは真実だと思うわ。そして、ミッシェルさんたちは、そのことを白日のもとにさらされることを恐れてるんでしょ。でも、安心していいわよ。私は興味を持って調べてるだけ。公表などしませんわ。』
『ちひろ様、あなたは何者なのですか。空を飛んだり、炎を吹いたり、そして、キリストの予言に現れ、さらには聖杯までも。私の理解を超えています。』
『私が何者なのですか?その答えを、私自身も知りたいの。だから、調べてるのよ。ただ一つだけ言えるのは、私は悪魔のような悪い人ではありません。ミッシェルさん、あなたは、私に、これ以上詮索するなとおっしゃいました。私も同じことを言いますわ。私の邪魔をしないで。私を怒らせないで。あなたが考えている以上に、私は強くてよ。これ以上、邪魔をすると言うのであれば、あなたを含め、あなたの組織を潰しますよ。それがテンプル騎士団であってもね。ほんの数時間で滅ぼせますよ。』
俺は、宙を浮き、口から炎を吹き出した。ミッシェルは、へなへなと腰を落とした。
『ミッシェルさん、安心して下さい。あなたを倒すつもりはありませんから。ただし、一つだけ質問に答えて下さい。』
『分かりました。私の負けを認めます。どうぞ、何なりとご質問なさって下さい。』
『テンプル騎士団は、古代ユダヤの三種の神器のありかを、知ってるの?』
『お答えします。残念ながら、未だ発見に至っておりませぬ。』
『ありがとう。それだけでも、価値ある回答ね。お礼に、一つ教えてあげるわ。ちひろは、三種の神器の一つを見つけたよ。』
『何ですって。それは本当ですか。』
『本当よ。私が見つけたのは、マナの金の壺。』
マナの金の壺。無限の食料が出る魔法の壺だ。俺は、気がついたのだ。金の壺も、無限の食料も、例えなのだと。キリストの手紙で『私の気持ちを送ります』この気持ちというのは、聖杯の例えであった。マナの金の壺も例えである。そして、それは我が手にある。
『ちひろ様、あなた様は選ばれし方なのですね。聖杯に、マナの金の壺。残りの神器を揃えれば、この世は、あなた様の物です。』
『ミッシェルさん、それは間違いよ。間違った使い方をしなければ、平和が訪れるというのが正解ね。』
実際、何となく全てを手に入れることが出来るような気がする。理由はない。ただ単に、そんな風に思えてならないだけである。ひょっとすると、すでに全てを得ているのではと錯覚さえしてくる。最近の俺には不思議なことが数知れず起きている。何か大きな力が働いているのかもしれない。しかし、たとえ全てが揃ったとしても、この世を自分のものにするとか、そんな野望は全くもって、ない。
テンプル騎士団の一人が日本に来て、俺を消そうとした。彼らが守ろうとしているのは、キリストの存在、そして、キリストの秘密だ。残念ながら、俺はその答えを知ってしまったのだ。
『ミッシェルさん、テンプル騎士団をお辞めになり、バチカンをお辞めになり、母国のフランスにお帰りなさい。それが一番良いと思うの。余生を静かに楽しむのよ。』
俺は、そう言いながら、ヒロの姿に戻り、ミッシェルの頭に掌を当てた。ちひろが銃弾で倒れた以降の記憶を消し去った。




