世界の危機③
目覚めたレイちゃんの第一声は、予想通りの言葉であった。
『ワンちゃんは、大丈夫?』
『大丈夫よ。レイが体を張って守ってくれたから、大丈夫よ。』
かすみが大粒の涙を流しながら答えた。俺は、倒れて命を失っていた犬にも、聖杯の水を与えていた。レイちゃんの行動を無駄にしたくなかったからだ。
『レイ、もう二度と、道路に飛び出したりしてはダメですからね。みんな、心配してたのよ。だから、もう二度と、、、ね。』
『はーい。分かりました。ママ、ゴメンなさい。』
俺の背後から誰かが近づいてくる。千手観音だ。レイちゃんの前で千本ある手をかざした。金色のオーラがレイちゃんに注がれていく。これもまた、大きなエネルギーだ。
『これは私たちからの感謝の印です。レイちゃんの純粋な心に対する感謝の印です。レイちゃんは、ヒロ様によって救われました。そして、救われた命によって、いずれ、より多くの人を救うでしょう。人生は因果応報なのです。』
そう言うと、千手観音は消えていった。
『レイ殿、元気になられたら、わしと面白いことして遊ぼうではないか。わしは、其方と遊びたくてうずうずしてるぞ。』
阿修羅大王も恐ろしい顔に似合わない笑顔を見せて、消えていった。美しい女羅刹、4人の精霊も、どこかに飛び立っていった。残ったのは、伐折羅大将だけとなった。
『ヒロ君、ありがとう。言葉では言い表せないくらい感謝してるわ。本当にありがとう。』
『かすみ、礼はいらないよ。俺の護衛に対する甘さにも責任があるあると思ってる。悪かった。許してくれ。』
『ヒロ君、謝らないで。優しすぎるよ。このところ、ずっと我儘ばかり押し付けて、ヒロ君の自由を奪ってた気がするわ。ヒロ君、自由になっていいのよ。ベビーにも、女の子にもならなくていいわ。いつもの自由気ままなヒロ君でいて。彩さんには、私から話すから。』
かすみは、泣いていた。
『そうか。自由、いい言葉だ。了解した。自由気ままな生活に戻ることにしよう。これからは、俺の自由にさせてもらう。』
俺はそう言うと、ベビーのちひろに変身した。
『ちひろがいないと、レイ姉ちゃんが寂しがるわ。私は、わたしの自由で、今までと同じ生活をすることを選びます。ね、かすみママ。』
俺は、かすみの笑顔が見たい。ただ、それだけで幸せだ。
『ねえ、ちひろちゃん。後ろの大きな人は誰なの?』
いけない。伐折羅大将がいることを忘れていた。と言うより、なぜ、伐折羅大将だけが残っているのだ。
『後ろにいる大きな人は、伐折羅大将といって、とても強い人、いや神です。別名を金剛力士と言うけど、聞いたことあるかな?』
『名前は分からないけど、どこかでお見かけしたような気がするわ。』
『奈良の東大寺の南大門の左右で身構えている「阿吽の彫刻」を見たことあるでしょう。仁王像と言えば分かるかな。そのお方ですよ。多分、私より強いです。』
かすみは思った。「東大寺の仁王像って、大仏様を守っている人じゃない。そこまで辿り着いて、ヒロ君ったら、まだ自分の正体が分かってないの。本当に鈍感だわ。」と。そんなかすみに対し、伐折羅大将は、右手の人差し指を口に当てて、「内緒」のポーズを取った。仁王像さんの方が、ずっと感がいいわ。
『ところで、さっきまでは、別の方々もいましたけど、どうしてなの?』
『みんな、私の仲間です。そして、レイちゃんのファンと言えば分かりやすいかも。みんな、心配で集まってきたのです。』
『レイは、普通でないのね。』
『そんなことないよ。普通の女の子だよ。ただ、頭がいいだけ。そして、心が綺麗なだけ。レイちゃんではなくて、他の人、特に大人の心が汚れているんだよ。』
『まあ、ちひろちゃんたら、赤ちゃんのくせに、大人びたこと言って。こっちおいで、抱っこして欲しいんでしょ。』
俺は、かすみに抱っこされた。伐折羅大将は、顔を赤らめた。
伐折羅大将が残っていたのは、俺に何か話したいことがあるからだと思った。かすみとレイちゃんを分身仏に任せ、帰宅させた。俺は、ちひろからヒロに戻り、伐折羅大将と対峙した。
『ヒロ様。今日の活躍はお見事です。そして、かすみ様やレイちゃん対する優しさにも感心しました。一皮向けたように感じましたぞ。ヒロ様が想像した通り、あの器は紛れもなく「聖杯」です。わしも2000年前に一度見ているので間違い無いです。ヒロ様は、バチカン、イタリア、スペイン、フランス、、、とヨーロッパ各地を回られ、新たな発見をなされたようですね。わしが思うに、一つだけ誤った事実があるようです。ヒロ様は、ローマ法王より、イタリア人の血を受け継いでいると言われたようだが、それは違いますぞ。あなた様は、純粋なる日本人ですから。』
『大将、分かっています。自分の姿や言動、行動、さらには思考を見れば、俺は紛れもなく日本人だ。』
『ならば、なぜ、ヒロ様がバチカンで生まれたり、ジョーカーとなったり、キリストの予言に現れたり、さらには聖杯を受け継いだり、疑問になりませんか。』
確かにその通りだ。今までも、何だかおかしいと思っていたが、それを確かめることをしていなかった。いや、確かめる方法が見つからなかった。
『大将の疑問は、俺も感じていたことだ。何かあまりにも偶然が重なっているようで、誰かのイタズラなのか、あるいは呼び寄せられているのか、そして、この先にも同じような宿命的な事件が起こるのではと、常に不安を持っている。こうして、伐折羅大将と向かい合っていることも、その不思議な事件の一つだと思っている。』
俺は正直に感想を述べた。よくよく考えてみると、ありえないことが重なり過ぎている。どこかで、誰かに操られているのかもしれない。そして、そのことを伐折羅大将は知っている。阿修羅大王や千手観音も知っているようだ。敢えて秘密にしている。その謎は自分自身で解き明かさなければならないということは分かっている。それが出来た時、俺の中で何かが起きるのだろうと思っている。
『ヒロ様、基本に戻りなさい。先ほども申した通り、あなた様は日本人。ならば、この国の中にこそ、謎が隠れていると思わないか。旅をなされるが良い。この国を巡りなさい。かすみ様と、レイちゃんと一緒に。さらなる発見があるはずですぞ。』
伐折羅大将は、遠回りな言い方だが、俺にヒントをくれたのだ。優しい神である。
『伐折羅大将、ありがとう。あなたの期待に必ず応えます。』
俺は大将の手を握りしめた。




