キリストの手紙①
フランス空軍によって、ローマ空港まで無事、送ってもらった。ローマ空港には、法王とカルメレンゴが待っていた。
『ローマ、パリの旅行はいかがでしたか。皆様の顔を拝見した感じですと、とても満足したようですね。』
カルメレンゴは、笑顔で接してくれた。パリのDGSEとルーブル美術館で、大暴れしたことを話したら、その笑顔が消えるだろうなあ。黙っておこう。しかし、慣れというのは恐ろしい。あれほど緊張していたかすみが、すでに法王に会っても平常心でいられている。俺だって、すっかりベビーや、女児の姿でいることに慣れてしまっている。カルメレンゴが我々の顔を見て、旅行の満足度を測ったように、俺は法王の顔を見て、古文書の謎が解けたものと思った。早く、翻訳を聞きたい。
リムジンに乗り込み、バチカンに向かう。みんな、疲れているようで無言が続いた。俺は疲れてはいないが、何だか落ち着かなかった。これから、説明されるだろう手紙の内容に、既に緊張しているのだ。改めて思うと、不思議なのだ。2000年前の男が、俺に手紙を書いている。差出人はキリストだ。そういえば、キリストが書いたと言われる手紙や文章は現存しているのだろうか。弟子たちの文章は新約聖書であるが、キリスト自身のものは、ひょっとして無いのではないか。そう考えると、この手紙は手が震えるほど貴重なものということになる。時間を超越して、俺に何を語ろうとしておるのか。手だけではない。俺は身震いしてきた。
バチカン宮殿に到着すると、この前と同じ部屋に案内された。部屋のクローゼットには、新しいドレスが4枚用意されている。ああ、まだ女の子のままで過ごさなければならないと思い、ガッカリするかと思ったが、用意されたドレスがあまりにも可愛く美しいものだったので、着てみたいという欲求が生まれてきてしまった。俺の中に、完全に女としての感情が芽生えている。それで、かすみとレイちゃんの安全が確保されるのであれば仕方ないと、自分に言い聞かせた。
前回同様に、着替えを手伝ってもらい、化粧まで施された。程なくすると、ドアを叩く音がし、スイス衛兵が迎えにきた。明日は日本に戻る予定だ。今夜は、まさに『最後の晩餐』ということになる。衛兵の後ろを歩いて行くと、この前とは違がう扉の前で止まった。扉が開くと、天井には、煌びやかなシャンデリアが飾られ、窓はステンドグラスで彩られている光景が目に入ってきた。何とも贅沢な部屋である。大きなテーブル、大きな椅子が用意されていた。待っていたのは、この前と同じメンバーである。法王、カルメレンゴ、そして3人の僧侶である。
『4人の淑女に再会できて嬉しい限りです。今宵の宴を大いに楽しんで下さい、』
法王の挨拶の後、乾杯をして、晩餐が始まった。料理はもちろん美味しいのだが、俺の興味は手紙の内容にしかなかった。
『レイちゃん、ちひろちゃん、お二人とも、可愛いですね。素敵なドレスもお似合いですよ。』
正面の僧侶に褒められてしまった。でも、なぜか嬉しい。俺は思わず笑顔で応えた。今の俺は完全に美少女だ。レイちゃんと二人、美しい姉妹である。
俺は、はたと気づいてしまった。気づいてしまったのだ。あの絵の謎が分かったような気がするのだ。
世界を救う、世界平和のために尽くす。それが俺の使命だと思っている。だが、たまたま俺が人並みな外れた体力を持ち、さらに特殊能力を備わっていたから、そんな考えを持つようになっただけかもしれない。よくよく考えれば、独りよがりで、一方的な考えである。『俺は神だ』などと、自惚れていた。上から目線で物事を考えていた。強い男としての目線しか持っていなかった。今、俺の姿は女児である。女の子の考え方が男とは違うということが、何となく理解してきた。世界を救うのであれば、男女の性別を超越する必要性があるのだと確信した。そのことを身をもって教えられた。ヒロは「ちひろ」から、色々と学んでいるのだ。
ダヴィンチの『岩窟の聖母』に隠されていたのは、まさにそのことだと気づいたのだ。中央の聖母は、レミちゃん。右側の子供が救世主、つまり、レイちゃんの子供だ。左側の子供がちひろ、つまり俺だ。問題は残りの男の正体だ。一番右側から中央を見ている男だ。かすみが男ではなく女に見えると言っていた人物だ。確かに中性的な人物だ。当たっているかは分からないが、この人物もまた、俺を示していると思う。将来の俺の姿だと感じたのだ。男でも女でもなく、ただひたすらに世界平和を祈る将来の俺の姿だと感じるのだ。この絵は、2000年前のキリストの予言をダヴィンチが描いたものだ。ならば、ダヴィンチも預言者であったと推測できる。この絵と、手紙が何故、トランプ教団にあったのかは不明だが、世紀を超えて、俺に手渡されたのは事実である。手紙に書かれていることと関係があるはずだ。
晩餐会は賑やかに進行し、みんな上機嫌であった。かすみの頰が赤い。ワインで酔っている。何とも色っぽい。俺は、その美しさに見惚れていた。
『ちひろちゃん、どうしたの?』
かすみの潤んだ瞳が俺を見つめた。俺はドキドキを隠せない。
『マ、マ、ママ、綺麗。』
心の底から、そう思った。
『まあ、ちひろちゃんたら。』
『ね、レイ姉ちゃん。ママは綺麗だよね。』
『うん。とても綺麗よ。ママは世界一の美人よ。あと、ちひろちゃんも綺麗よ。』
レイちゃんが突然、そんなことを言うから、俺は恥ずかしくなった。
『ああ、ちひろちゃん、照れてる。』
レイちゃんがからかってきた。俺は恥ずかしくて、かすみに抱っこを求めた。かすみは、優しく俺を抱きかかえてくれた。本当に幸せだ。
『ちひろちゃんは甘えん坊さんね。』
かすみの優しさが温かい。俺は体が熱くなるのを感じた。俺は、そのまま眠りについてしまった。
「ヒロ君、どんな姿でも、いつも私のことを思っていること分かってるよ。好きよ、ヒロ君。」
かすみは、眠っている俺に囁いた。




