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Day.17 もう一歩先へ

「こりゃまた想像以上に混んでるな、来るのが遅かったか?」

「そうですね、まさかメリーゴーランドでさえこんなに人気があるなんて思いませんでした。」


少し不機嫌そうな表情の恵恋が呆れたように前を眺める。

そこにはメリーゴーランドの順番待ちでできた長蛇の列が、文字通りとぐろを巻くように連なっていた。

莉乃姉はその列を見渡すと、振り返って溜め息を吐く。


「この様子だと30分くらいかかるかもしれないな、他のアトラクションじゃどこまで待たされるか。」

「あぁ、夏休み最終日ってのを舐めてたな。」


メリーゴーランドなんて子供くらいにしか人気がないから空いてるかもと踏んでたが、その子供の数が凄いことになってるとは。

人家族に両親も入ってるから、全員が合わさると中々の混雑ぶりだ。

すると姫百合が隣にいた緋結華の顔を心配そうに見上げた。


「緋結華さん大丈夫?」

「うん大丈夫だよ姫百合ちゃん、暑いからちょっとボーッとしただけだから。」


確かに見てみると少し顔色が優れない。

マズイな、この暑さと直射日光じゃ無理もない、せめて日陰まで進めればいいんだが。


「大丈夫じゃないぜ御奈坂、俺ひとっ走り飲み物買ってくるぞ。」

「ありがとう峰岸くん、お願いしてもいいかな?」

「当たり前だ、辛かったら何でも言えって。じゃあちょっと行ってくる!桐生、鞄持っててくれ。」


峰岸は財布を取り出した鞄を俺に預けると、離れたところにある露天まで走っていく。

それを見た恵恋が感心したように視線で峰岸を追っていた。


「気が利きますね、見直しました。」

「アイツは元々いい奴だよ、真っ直ぐに他人を心配できる。」

「そうですね、バカみたいに素直だと思います。」

「峰岸はあたしのクラスでも結構人気だぞ、無条件に養ってやりたくなるとか。」

「………その理由はどうなんだ?」

「でもボクの学年でも峰岸先輩に興味を持ってる人は多かったよ、見た目だってカッコいい方だし。」

「まぁ確かに、黙って笑ってりゃ人気が出ても不思議じゃないな。」

「あはは、あの性格がいいんじゃないですか。」

「そもそも最近は真也さんと一緒にいることが多いせいで埋もれてますけど、あの人も学校では美形な部類ですよ。」


いつの間にか始まった峰岸談義など露知らず、当の本人は心配そうな表情のまま幾つかの缶ジュースを抱えて戻ってきた。


「ほら御奈坂、スポーツドリンクだ。」

「ありがとう峰岸くん、いただくね。」

「皆も飲めよ、俺の奢りだ。」

「気が利くじゃないですか、わたしはその水をいただきます。」

「素直にありがとうって言えないのかよ冴塚は。はいよ、水な。」

「あたしは炭酸がいいな、あるか?」

「あるッスよ、どうぞ。」

「すまない、助かるよ。」

「ボクは何でもいいです、余ったので。」

「じゃあ姫百合ちゃんはリンゴな。」

「ありがとう峰岸先輩。」

「桐生はどっちがいい?お茶とカルピス。」

「ん、じゃあお茶を貰うわ、サンキュー。」

「いいっていいって、ほら。」


峰岸から飲み物が行き渡り、キャップを開ける音が一斉に響く。

冷たいお茶が喉を通って、身体の中から熱を冷ましてくれた。

こう暑いと、普通のお茶でさえやけに美味しく感じるから不思議だ。

視線を向けると、緋結華の顔色も少しだけ良くなったような気がする。

隣で付き添うように立っている峰岸が、自分が飲むのも忘れて、持ってきた団扇で扇いでやっていた。


「大丈夫か御奈坂?無理だったら言ってくれ、俺なんでもするからさ。」

「うん、ありがとう峰岸くん。お陰でもう大丈夫だよ。」

「そっか、安心したぜ。」

「ごめんね、心配かけちゃって。」

「気にすんなって。俺兄弟多いからこういうの日常茶飯事だし。」

「そうなんだ。兄弟って、妹?弟?」

「どっちも一人ずつだな、あとは姉貴が一人、もう社会人として働いてるから会わないけど。」

「あはは、峰岸くんみたいなお兄ちゃんなら私も欲しかったなぁ。」

「お、俺で良ければお兄ちゃんに…。」

「え?」

「それ以上はよしなさい、気持ち悪いですから。」


二人の、というより峰岸の幸福タイムを恵恋が容赦なく切り捨てた。

まぁ変なこと言おうとしてたし、止められて当然か。

恵恋が止めなかったらきっと幸せすぎて暴走してただろうからな。


「ねぇねぇ真也。」

「ん、何だよ。」


俺の腕に抱きつきながら、莉乃姉が自分を指差す。


「あたしがお姉ちゃんで良かったか?」

「何言ってんだ急に。」

「いいじゃないか、答えてくれよ。」

「ん~、まぁ色々と世話してくれてるし助かってるな。」

「おぉ!あたしもな、真也のお姉ちゃんで良かった!」

「いや、そもそもお姉ちゃんって言うより幼馴染みじゃ…。」

「ここまで好感度が高いともう結婚フラグは立ってるな!」

「チッ、既に聞いちゃいねぇし。」


はぁ、やっぱり暴走と妄想は莉乃姉の右に出る奴がいないな、悪い意味で。


「まったく、まるでのけ者みたいですねわたしたちは。」

「いいなぁ莉乃先輩、ボクも真也先輩の妹になりたい。」

「…はぁ、皆さん揃って。」


わいわいと騒がしくも、それは遊園地の喧騒に上手く馴染んで混ざっていく。

そうして雑談に花を咲かせている内に、漸く俺たちの順番が回ってきた。


「ふふふ、遂にこの時が来たようですね。」


恵恋が一歩前へ出て振り返ると、俺の手を取って微笑む。


「行きましょうか、わたしの王子様。どちらの白馬に乗せてもらえるのかしら?」

「ここでもそのノリなのか?」

「む、いけませんか?」

「まぁ、特別だからな。……こちらですよ姫様。」

「むぅ、冴塚め羨ましいぞ。」

「まぁまぁ莉乃さん、今回は我慢しましょう。」


恵恋の手を引いて白馬に近寄ると、俺が先に跨がって手を差し伸べる。

その手を取った恵恋を、俺はそっと引き上げて俺の前に跨がらせた。


「大丈夫か?狭くないか?」

「問題ありません。それより真也さんが落ちてしまいます、もっとくっついて下さい。」

「あぁ、悪いな。」


二人の間にあった隙間を埋めるように腰をずらすと、恵恋の横から棒を掴んだ。

不意に密着したからか、恵恋の身体が強ばったように感じて、俺は覗き込むように顔を近づける。


「ごめん、やっぱ狭いか?」


恵恋は俺の視線から逃げるように顔を逸らすと、顔を赤らめながら小さく言った。


「だ…大丈夫です、気にしないで下さい。」

「いやでも、何か力が入ってないか?」

「気のせいです、勘違いです。わたしはとってもリラックスしてます。」

「まぁ、恵恋がそう言うならいいけどよ。」


俺は体勢を戻すと、回りに視線を向けた。

緋結華と姫百合は馬車みたいなのに二人で乗っていて、姫百合が嬉しそうに緋結華の肩に頭を預けている。

莉乃姉は………凄い視線で俺たちの後ろの馬に乗っていた、今すぐ馬を走らせて逃げたい。

峰岸は緋結華と姫百合の乗った馬車を引く馬に跨がり、満更でもない様子で俺に拳を向けてきた。

まぁ見た目はいいからなアイツ、できる従者に見えなくもないか。

不意に、恵恋が俺の手に自分の手を重ねた。

そっと、そっと、確かめるように。

俺は棒を掴んでいた手を片方だけ離すと、恵恋の小さな手をそっと包んだ。

そうしている間に合図のチャイムが鳴ると、いよいよメリーゴーランドは動き出した。






Eko Side


背中に感じる温もりがこんなにも愛おしく感じられるのは、きっとどうしようもなく幸せなことなんでしょうね。

これまで何度も触れた温かさなのに、そのどれとも違う感覚が、慣れないわたしの心を掻き乱す。

よく大きな背中という表現を聞きますけど、真也さんはもっと、大きい。

優しく包み込まれて、安心できるんです。

胸がドキドキしますけど、それさえも心地よく感じてしまう。

ホントに、参ってますね。

こんなにも人を好きになることがあるなんて、きっと以前のわたしでは有り得なかったでしょう。

お母さんがいなくて、お父さんとはあんなで、誰とも関わりたくないとまで思っていたあの頃。

不意にお父さんが連れてきた傷だらけの同級生。

なんとなく同じだと思ったんです、同じ傷を心に負っているような気がしました。

誰とも関わらない、そんなことを本気でしようと思うほどの傷。

気になって仕方がなかった。

灰色の世界をただ生きていればいいと思っていたのに、その意識さえも揺らいで、貴方を知りたいと思ってしまうほど。

何故、貴方はわたしと同じ目をしているのですか?

いつも、こんなにも綺麗な人がどうして自分なんかと同じ空気を纏っているのか不思議だった。

でも違いましたね。

わたしと真也さんは、同じ景色を見ていても、同じ場所に立っていなかった。

わたしは関わろうとせず、誰も関わろうと思わなかった。

貴方は関わろうとせず、でも関わろうとする人がいた。

わたしは真也さんの前で真也さんを見ていて、真也さんはお姉さんを探していて。

だからきっと、わたしは貴方の見ている世界が見たくなったんです。

一緒に、並んで。

今はそう、願わくば幸せに満ちた、鮮やかな世界を。

だから真也さん、わたしは前に進みます。

貴方のいる場所、その間に立っている、貴方に最も近い人に挑みます。

多くの人が貴方の綺麗さや拒絶の雰囲気に距離をおいても、それでも貴方を愛した人に。

わたしたちの後ろで物凄い視線をこちらに向けてくるあの人。

どれほど冷たく拒絶されても、酷い言葉をぶつけられても、ひたむきに信じ続けた。

小湊莉乃さん、わたしはそんな強い貴女に立ち向かうと決めたんですよ。

真也さんを巡るこの状況に、わたしはもう引きません。

並大抵の努力で貴女に勝てるとは思いませんが、わたしはそれでも真也さんの隣で未来を歩みたい。

だからもう、わたしは変わるんです。

王子様の演技じゃなく、桐生真也として、わたしの手を取ってもらうために。

まずは、わたしから。

わたしを後ろから抱き締めるように伸ばされた真也さんの腕が、目の前で棒を掴んでいる。

わたしはその大きな手を、愛おしむように包む。

手のひらから伝わる温もりが、わたしを幸せな気持ちにしてくれる。

するとそのわたしの手を、真也さんは重ねるように包んでくれた。

上下から優しく、そっと、そっと。

踏み出して手にしたこの温もりに、今くらいは身を委ねていたい。

少しだけ真也さんに体重を預けたとき、メリーゴーランドのチャイムが鳴って、ゆっくりと回り始めた。


Eko Side End






「いやぁ久し振りにメリーゴーランドなんて乗ったけど、案外楽しいもんなんだな!」

「ボクも楽しかった、あんなに並んだ甲斐があったよ。」


峰岸と姫百合が楽しそうに談笑しながら、俺たちの先頭を次のアトラクションへと歩いていく。

元気がある二人だし、意外に気が合うのかもしれない。

俺はといえば、莉乃姉と恵恋に両側をガッチリと固められ、非常に歩きづらかった。


「おい冴塚、あんまり密着するな!」

「小湊さんこそ、胸を押しつけて真也さんを誘惑するなんて姑息です。」


それよりも暑いから離れてほしい、とは言えない、火に油を注ぐことになりそうだ。


「ふっふっふ、真也は不機嫌そうな顔をしているが、実はベッドの上で揉みたいと考えてくれている!」


断じて思っていないぞ莉乃姉、あと発言にはもう少し時と場所を弁えような、回りからの殺気が増したぞ。


「ふんっ、そんな脂肪の塊だけが女性のステータスだなんて思わないで下さい、わたしだってこれから…。」


恵恋、何か寂しい呟きが聞こえたぞ、頑張れ。


「あはは、二人ともそのくらいにしてあげないと、暑さで真也くんがのぼせちゃいますよ?」


緋結華、お前ってホントにアシストが上手いな、恩に着るぞ。


「真也、汗を掻いたら言ってくれ、すぐにシャワーを浴びれる所に連れていくぞ!そしたら一緒に洗いっこしよう!」

「それの具体的な名前は聞かないでおく、あと絶対に行かないからな!」

「大丈夫です真也さん、わたしは体温低めですから。」

「いや、何の気休めにもならないんだが。」

「ほら小湊さん離れてください、真也さんはわたしだけで十分です。」

「冴塚こそ離れたらどうだ?真也だって触れ慣れた感触がいいだろうからな!」

「………慣れてるんですか真也さん?」

「いやその、自分からじゃないからな?」

「真也さん、ちゃんとわたしにも慣れてください。真也さんが望むなら…いいですから。」

「なっ!?」

「ぐっ、やるな冴塚。今のはあたしでさえドキッとしたぞ。」

「ふふふ、これが“ぎゃっぷもえ”というものだと何処かで聞きました。よく解りませんが、効果あるみたいですね。」

「まさか恵恋からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。」


ったく、勘弁してくれよ。

暑いし歩きづらいし、…ドキドキするからやめてくれ。

そんなやり取りを続けていたら、前を歩く二人が振り返って俺たちを呼んだ。


「真也先輩!ジェットコースターだよ!」

「あぁ、結構凄いなこれは。」


手を振って楽しそうに笑う姫百合の向こうには、かなり大きなジェットコースターが武骨に聳え立っていた。

見るからに丈夫そうなレールが縦横無尽に走り回り、急上昇、急降下、一回転など目白押しだ。

山梨県にあるらしい某有名遊園地ほどではないのかもしれないが、乗り慣れない俺としては十分すぎるほどだ。

なによりさっきから聞こえてくる悲鳴が、その激しさを象徴している。

走って戻ってきた二人が、興奮しながらジェットコースターを指差す。


「やべぇよ桐生、俺久々にスゲー楽しみなんだけど!」

「確かにあれは凄そうだな、気持ちは解るぞ。」

「よっしゃ桐生、俺と一番前に乗ろうぜ!」

「いや、前に乗れるかは運だと思うぞ、順番に案内されるんだし。」

「あぁそっか、前に乗れねぇかなぁ!」

「峰岸先輩、ダメだよ。真也先輩はボクと一緒に乗るんだから!」

「そうだった、ごめんな姫百合ちゃん。」


そんな二人のやり取りを見て、いきなり莉乃姉が俺に抱きついてきた。


「真也のバカ!もう結婚して!」

「何なんだよ突然。」

「何であたしを放置するんだ!あたしも真也の隣でイチャイチャしたい!」

「いや、誰もイチャイチャしてねぇよ。」

「あたしは見てたぞ!さっき冴塚とメリーゴーランド乗ってたときに、真也が後ろから抱き締めてたのを!」

「あれは落ちないように棒を掴んでただけだろ。」

「真也さんに抱き締められて、わたしは凄く嬉しかったですよ。」

「やっぱり抱き締めてたー!イチャイチャしてたー!」


騒ぎ出した莉乃姉を宥めつつ、俺は恵恋に視線を向けた。


「恵恋、お前なぁ。」

「嬉しかったのは本当ですし、できればもっとくっついてほしかったです。」

「はぁ、もう勘弁してくれ。」


これ以上嫉妬の視線に曝されるのは御免だ、背筋が寒い。


「クッソー、桐生の野郎、イチャイチャしやがって…。」


…峰岸、お前もか。

俺は溜め息を吐くと、近づいてきたジェットコースターの入場口を見て、更に深く溜め息を吐いた。

そこにはメリーゴーランドなんて笑えるくらい長い行列が延びていた、待ち時間は2時間。


「………遊園地って我慢大会みたいだよな。」

「真理を言ってしまったな真也、ダメだぞ気づいちゃ。」


莉乃姉が人差し指を立てながらウィンクしてみせると、隣で峰岸も腕を組んで頷いた。


「桐生、男には待たねばならぬ時があるのだ……なぁ今の感じ、ちょっとそれっぽくなかった?」

「峰岸先輩、何でいつも余計な一言を付けちゃうかな。それがあるから残念なイケメンって言われちゃうんだよ?」

「何かさらっと衝撃の事実が暴露されなかったか?」


峰岸が頭を抱えていると、俺の隣の恵恋がとても悪い笑みを浮かべた。


「残念なイケメンですか、ピッタリじゃないですか峰岸さん。」

「うぉぉ!残念なイケメンって酷すぎる!俺ってそんなにバカか…いや、いいや言わなくてっておいっ!何で揃って既に頷いてんだよぉ!」

「事実です峰岸さん。バカでも事実を受け入れることくらいはできる、そうでしょう?」

「諭すように言っても無駄だからな冴塚、俺は受け入れない!断固拒否するぞ!」

「はぁ…素直に受け入れていれば見込みがあったのに、これはダメですね。」

「…桐生、皆して酷くないか?特に冴塚が容赦なくないか?」

「仕方ないさ、いつも通りだ。」

「あんまりだぜ、俺の人権は何処に行ったんだ。」


賑やかに騒ぐのはまぁいいんだが、大丈夫なんだろうな、はしゃぎすぎて熱中症にならないといいんだが。

クソ厚い太陽の下で、俺たちの前に列はまだ長い。






Himeyuri Side


「足下気をつけろよ。」

「うん、ありがとう真也先輩。」


先にコースターに乗った真也先輩が、そっと私に手を出してくれる。

私はその手を握り返すと、足下に気をつけながらゆっくりとコースターに乗り込んだ。

真っ黒なシートは少し熱くて、履き慣れないスカートの裾を押さえながら、丁度いいポジションを探してみる。

男性として生きてきて、スカートなんて履く機会は全くなかったから、どうも自分じゃないみたいに感じてしまう。

ズボンと違うスカートの軽さや、太ももに感じる風の撫でるような感触がむず痒い。

緋結華さんが一緒に選んでくれた女の子らしい格好は、まだまだ私には合わないみたいだ。

でも、ちゃんとした女の子になるための第一歩だから、これからは自分で買い物に行ったりしないと。

そんな風に考えることが許されている自分が、凄く嬉しいから。

真也先輩が頑張ってくれたお陰で、今の私は本当の自分で、こんな格好もできる。

洋服、できれば真也先輩と一緒に買いに行きたいな。

真也先輩が好きな服を着ていたいし、選んでもらいたい。

いきなり我が儘かなぁ。

でも二人っきりでお買い物して、一緒にランチして、映画とか観たりしたいよ。

手を繋いだらダメかなぁ、恋人みたいに指を絡ませたりして…。

うぅ、ドキドキしてきた、こんな妄想してたって知られたら嫌われちゃうよきっと。

………お願いしたらOKもらえないかな。


「姫百合?」

「は、はいっ?」


いけない妄想している時に真也先輩から話しかけられて、私は思わず上ずった声で返事をしてしまった。

恥ずかしさで顔が一気に燃え上がったような熱さになって、私は恐る恐る真也先輩に視線を向ける。

真也先輩は驚いたような顔をしていたけど、すぐに安心させてくれる笑顔で言った。


「やっぱり初めてだと怖いか?」

「え?怖いって?」


質問の意図が解らず首を傾げた私に、先輩は苦笑した。


「いや、ずっと手を握られたままだし、てっきり緊張してるのかなって思ったんだよ。」

「え?」


言われて自分の手を見ると、確かに私は真也先輩の手を両手でしっかりと握って、自分の脚の上に寄せていた。

ストッキングも履いてない生足の、しかもかなり際どいくらい手前に。

もう一度先輩の顔をちゃんと見ると、気まずそうにうっすらと赤くなっている。

もう最悪だ、これ以上顔が熱くなったらきっと爆発してしまう。

気がつかないなんて、どこまで私は変態なんだ。

ずっと視界には入っていたはずなのに、寧ろ先輩の手を握る自分の手を見て妄想が加速していた。

どうしよう、何て言ったらいいか判らない。

纏まらない思考は絡まった毛糸玉みたいで、風が吹いたら何処かに行ってしまいそう。

ドキドキは収まりそうになくて、すぐにでも手を離して謝るべきなのに、私はその温もりを離せずにいる。

男らしい力強い手が、私の未来を変えてくれた先輩の温もりが、愛しい。

はしたないかもしれないけれど、もっと私に触れていてほしいと願ってしまうから。

大好き、この想いが伝わってくれたらいいのに。

でも…流石にこれ以上は迷惑だよね。

そっと力を緩めて名残惜しさに切なくなりながらも、先輩の手を離そうとした時。

優しく頭に乗せられた手のひらが、微笑みと一緒に撫でてくれた。


「怖かったらそのままでいいさ、それで安心するなら握ってていい。その…姫百合が嫌じゃなければだが。」


最後はちょっと気恥ずかしそうに声を小さくして、真也先輩は視線を逸らした。

それは勘違いなのだけれど、私にとっては願ってもない申し出だ。

嘘を吐いてるみたいで申し訳ないけど、やっぱり誘惑には敵わない。

もう一度強く先輩の手を引き寄せて、私は想いが伝わるように願いながら笑った。


「はいっ、握っててください真也先輩。できればずっと、最後まで。」

「…あぁ。」


あぁ、本当に参ってしまう。

こんな風に優しくされたら、もう諦めたりできなくなる。

たくさんの願いが次々に溢れてきて、胸が熱くなっていく。

恵恋先輩も、宣戦布告した。

女性の私から見ても綺麗で、スタイルも抜群で、頭も良くて、きっとこの世界の誰よりも真也先輩を愛している人に。

私はきっと、その舞台に立つには未熟すぎるだろう。

想いの伝えかただって、よく解らない。

だけど、それでも大好きなんだ。

カッコ良くて、強くて、凄く優しくて、誰よりも誰かのために頑張れる先輩が。

だから立ちたい、先輩の隣に。

この温もりをずっと、離したくない。

私は、諦めたくない。

そっと先輩の横顔を盗み見る。

高鳴る鼓動にこっそり笑みを浮かべて、前を見た。

今はそう、楽しもう。

ゆっくりと昇っていくコースターの振動。

これからどんな物語が待っているんだろう。

それがどんな結末であっても、きっとそれは楽しいはずだ。

視界が一気に広がって、青い空へ近づく。


「姫百合、ここからが凄いぞ、頑張れ。」

「先輩となら平気だよ、大丈夫。」

「まぁ大丈夫だったかどうかは、降りてから聞くとしようか。」

「え?きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


…きっと、楽しいよね?


Himeyuri Side END






太陽も真上を通りすぎ、暑さは今日の最高潮になろうという頃。

並び疲れた俺たちは、涼しさを求めてレストランへと入っていた。

とはいえこのレストランに入るのさえ並ばされたせいで、最早俺たちはメニューを開く気力さえ失われている。

女性陣は連れ立ってお手洗いに向かったせいで、今は野郎が二人で広いテーブルに着いていた。

賑わいを見せる店内を視線だけで見渡しながら、テーブルの冷たさに頬を押しつけた峰岸が俺に問いかける。


「なぁ桐生、どうだったよ?」

「は?何のことだ?」

「惚けるなよぉ。冴塚に姫百合ちゃんと立て続けにイチャイチャしただろ、その感想だよ。」

「そんなことしてねぇ、ふざけたこと言うな。それに感想って言われてもな、別段何も…。」

「はぁ!?」


突然バネが弾けるように身体を起こした峰岸が、胸ぐらを掴みかからん勢いで俺に身を乗り出してくる。


「お前なぁ!そんなんじゃ全っ然ダメだぜ!」

「うぉっ!?」


勢いに呑まれて距離を置こうとした俺の腕を、峰岸は逃がさんとばかりに掴んだ。


「二人がどういう気持ちでお前を誘ったのかちゃんと考えろよ、きっと凄い勇気を振り絞ってるぞ。」

「ん?一緒に乗ろうって言うのに何か勇気が必要なのか?」

「はぁ…お前は何でもできる代わりに、一番お前にとって必要なスキルを無くしちまったんだな。」


やれやれと言うように首を横に振る峰岸。

何だコイツ、訳わかんねぇこと言って。

俺が理解できていないのをいいことに、調子づいた峰岸は芝居がかった動作で顎先に手を添えた。


「お前は悔しいがイケメンだ。」

「………。」

「その冷たい視線を止めてくれ、ガチで背筋が凍る。………でな、そんなお前の傍にはいつも小湊先輩がいる。それがどういう意味なのか解るか?」

「知るかよ、回りくどい言い方してんじゃねぇぞ。」

「解ったわかった、普通に喋るからその視線止めて。」


苦笑いしながら咳払いした峰岸は、女子トイレの方へ視線を向けた後で話し出す。


「お前と小湊先輩が付き合ってないって事実がいくらあってもさ、結局周りの…今回で言うところの冴塚や姫百合ちゃんからしたら相当なプレッシャーだぜ?何せあの小湊先輩だ、普通の女子じゃ色々と敵わない。しかもあれだけ大っぴらにお前を好きだとアピールしてるんだ、二人に近い人間ほど慎重になると思うぞ?」

「………。」


正直驚いていた。

峰岸がここまで正確に状況を把握し、しかも彼女たちの考えまで読んでいるとは。

バカだと思っていた認識を改めようかと思う程には、今の峰岸の雰囲気は違って見える。

そんな俺の心情まで把握してのことなのか、峰岸は照れくさそうに頬を掻いて首を横に振った。


「俺は桐生が考えてるような察しの良さはないよ、単に自分と同じだってだけなんだよな。」

「お前と同じ?」

「そうだよ、俺も二人と同じような状況にあるからこそ解るってだけで、実際は俺の考えすぎかもしれない。でも心の片隅に留めておくくらいはしてやってほしいと思ったんだ。」

「どういうことだ?」


俺の問いかけに対して、峰岸はいつになく真剣な表情で答えを告げる。


「俺は桐生にも言った通り、御奈坂のことが好きだ。傍にいると安心するし、同時にドキドキもする。付き合いたいと願っているし、いつかはその先だってあればいいと思う。」

「あぁ、お前の真剣さは嫌というほど拳に乗ってたからな。」

「ははっ、お互いあの事はなかったことにしようぜ、俺も感情的になってて自分勝手だったよ。」


…ったく、それがお前の良いところだろう。

あの時、確かに先に仕掛けてきたのは峰岸だった。

だが非は俺にあったし、一方的に理不尽な暴力と罵声を浴びせたのも俺の方だ。

それなのにそれをお前が申し訳なさそうにしてたら、俺は何も言えなくなっちまうじゃねぇか。

…クソ、俺の方がよっぽどバカだよな。

峰岸は水を一口飲むと、再度女子トイレに振り返り話を続けた。


「話を戻すぜ?俺も同じだって言うのは、彼女っちにとっての小湊先輩が、俺にとっての桐生なんだよ。」

「………は?」

「程度は違ってもな、下手に攻められないって意味では同じだ。」

「いやいや、別に緋結華からは何もないぞ。緋結華だって誰にでも気さくに話しかけるし、俺が特別ってことはないだろ。」

「今はそうかもしれない、もしくは桐生が気づいてない可能性もあるよな?たださ、お前ほどの人間が御奈坂の近くにいる、それは俺にとってのプレッシャーだ。もし自分が女だったら桐生に好意を抱くだろうなって、そんな馬鹿げた想像をしてしまうくらいにな。」

「そりゃホントに馬鹿げてるな。」

「まぁ大袈裟かもしれないけど、女子からしたらそれくらいお前は魅力的に映るだろうって話だよ。以前の桐生と今の桐生じゃ、冗談抜きで…月と…いや違うな、天と?」

「はぁ…天と地?」

「そうそう、それだ!それくらいは違う、雰囲気が変わった。」

「それ緋結華にも言われたけど、自分じゃ特に変わったとは思えないんだがな。」

「今までの雰囲気がそもそも無理してたんじゃね?だから素のままの自分でいることが普通になってきて、だからその違いに自分じゃ気づけないとか。」

「さぁな、知らん。」

「まぁともかくさ、桐生はもう少し踏み込んであげてもいいんじゃないかって思うぜ?彼女たちはもっと桐生と接したいだろうし、桐生のことを知っていきたいと思ってるはずだからさ。」

「もっと踏み込むか…。………お前の言う通りかもな、やっぱ全然解ってなかったわ。」

「そうそう、桐生ってばそういう方面の気持ちには鈍すぎるからな。」

「お前に言われるとムカつくな。」

「はっはっは、バカ仲間だな!ま、お互い頑張ろうぜ!俺も全然諦めてねぇからよ!」


そう言って笑った峰岸は、何故だか凄く嬉しそうにしていた。

それは俺が見ていた峰岸とは違って、知らなかった一部分なんだろう。

皆それほど長い付き合いじゃない、まだほんの数ヵ月だ。

知らないこともたくさんある。

でもそんな当たり前のことを失念してしまうほど、今の俺たちの関係が強くなったんだろう。

俺は、そんな関係を持て余していたのかもしれない。

だから心のどこかで満足してしまって、この先があることをちゃんと理解してなかった。

でも皆は違ったんだな、もっと深いところまで意識してたんだ。

いつもヘラヘラしててバカなことばかり言ってる峰岸でさえ、俺が考えもしなかったことをちゃんと考えてた。

踏み込む…か。

悔しいけどコイツの言う通りだ。

今までは皆の方から俺を知ろうとしてくれてた。

なら今度は俺から、皆のことを知っていく、知ろうとしないと。

じゃなきゃ告白の答えなんて見つかるはずないじゃないか。

ありがとう峰岸、お前のお陰で大事なことを見失わずに済んだよ。

俺は拳を峰岸につき出して、でも恥ずかしさから視線を逸らしたまま言った。


「………さんきゅ。」


きょとんとした峰岸は少しだけ俺の拳を見て、すぐに笑いながら同じように拳をつき出した。


「やっと桐生と友達になれた気がするぜ。」


そう言いながら笑う峰岸と、俺は軽く拳をぶつけ合った。

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