⑥ 辻本仁
「ジャンヌさん、下がって」
清水は、彼女を自分の背後に行かせると、ゆっくりと部室の扉に近づいた。そして、彼がその取っ手に手を掛けると同時に、小さなすりガラスが入った、白い引き戸が、内側から、ガラガラと開けられたのだ!
中から出て来たのは、ラフな感じの私服を着た、一人の少年だった。右手に、素振り練習用の、木刀を握っている。部室に有ったヤツだ。コレはちょっと危ないな。清水は直ぐにそう思った。そして或る事実に気がついた……。
「お、お前は、辻本!」
ソレは隣の中学校に在籍している、辻本仁だった。
剣道の練習試合でよく一緒になる……確か同じ3年生だった筈だ。その彼が、こんな所で何を……?
しかしながら、どうも様子がオカシイ。辻本の眼が虚ろな感じで、視線が定まらない。それに何だか、足元もフラフラしている。これじゃあ、まるで……。
「ケンジロー、下がって!」
彼が戸惑っていると、後ろからジャンヌの声がした。何時の間にか、彼女の手には、荷物ロッカーの上に置いてあった、竹刀が握られていた。
彼女はアッと言う間に、辻本の前に進み出た。
ソレは、清水が止める暇も無い程の、素早い行動だった。
彼女の流れるような動きは、優雅で有りながら、無駄も隙も無い。まるで伝説の戦士のようだった。
(待てよ?ジャンヌ……戦士……まさか?)
清水の頭の中を、一瞬ナニかの連想がよぎるが、直ぐに自らソレを否定した。
(そんな……バカな事が?)
辻本はフラフラしつつも、木刀を目茶苦茶に振り回しながら、彼女に近づいて来る。彼は今、正気を失っているとは言え、剣道の有段者だ。
彼女に任せて大丈夫だろうか?しかし彼女は、彼と対峙しながら、ソレをまるで、憐れむような視線で見つめている。
決着は、一瞬の出来事だった。
彼女は、辻本の振り回す木刀の動きを、打ち下ろしのモノは、その場で跳び上がり、下から戻る打撃は、低い姿勢で回避した。
そして、板張りの床を蹴って、一気に前に飛び出しつつ、次の瞬間には、彼のノド元に鋭い"突き"を入れていたのである。
(因みに、当時の中学校の公式試合で、"突き"は禁止されていた事を、ここに明記しておこう。)
辻本は、その場で気絶し、倒れてしまった。
すると、目の錯覚だろうか?
何やら黒いモヤモヤしたモノが、倒れている彼の背中から、出て来たのである。
しかしジャンヌは、慌てる事も無く、右手を指先まで真っ直ぐ伸ばすと、そこから青白い炎を出し、そのモヤモヤを、瞬時に焼却してしまった。
清水は、今、自分の目の前で起きた出来事が、全く理解出来なかった。
(はっ?何だコレ?僕は悪い夢を見ているのか?)
そして、振り返ったジャンヌが、こう言ったのだ。
「……ねえ貴方、この私の秘密を、守って下さるかしら?」




