1 真夜中の仕事
王都には様々な通りが存在して、このヴェリア通りは色街――性売買の店が立ち並んでいた。
ここに評判の売春婦がいる。
購入した男の誰もが理想の女だと夢中になり通い詰めていた。
そののめり具合は周りが心配するほどで、数ヶ月と立たずに急死した者がいた。
売春婦に生気を奪われたのだ。
気味悪がられるが、理想の女がどんなものか気になる。そして、次の犠牲者となる。
売春婦の店――本日の客は、部屋で酒を飲んで待機していた。背もたれに体重をかけて、椅子は小さく響く。
「お越しいただきありがとうございます」
客の前に現れたのは、絹を思わせる艶やかな黒髪に、バターのような肌はエキゾチックに見えた。潤んだ黒い瞳は客を見つめる。
「これはすごいな」
男は、売春婦をみて思わず息を吐いた。
「お気に召しましたか?」
胸元はだけたドレスで男を扇情的に煽る。
ゆっくりと男に近づき、売春婦は微笑んだ。
「今宵、私は貴方のために存在します。どうか、私を好きにしてください」
艶かしく囁き、男に寄り添う。
売春婦は男を見つめて思わずため息をついた。
男も、売春婦に劣らず美しかった。
銀色の髪、灰色の瞳が魅力的な美丈夫で、この男に好きなように絡みつくことを喜んだ。
「あなたをどのようにお呼びしましょう」
売春婦は男の背中に腕を回して甘く囁いた。
「……ヴィル様、と呼んでくれないか?」
男が口にすると、売春婦は微笑んだ。
「ヴィル様……」
甘えるような声、並の男が聞けば蕩けてしまうだろう。
男は、背中に回された両腕を掴んだ。
「はい、捕縛」
男は静かに断言した。
急に変わる反応に、売春婦は「?」と首を傾げた。腕を見ると、男に腕輪を取り付けられた。
それを見て売春婦の表情は一変した。
「っひ!」
銀の装飾が施されており、はしばしに異端者の動きを封じる術が仕込まれていた。
外からどんどんと忙しない足音が近づいてくる。扉は勢いよく開かれて、男たちが売春婦を囲った。
先程の黒髪の売春婦は、今はブラウンの髪に真っ白な肌をしている。魔性といわれる紫の瞳は忌々しく男を睨みつける。
「どうして……私の魅惑にかかっていたのに」
売春婦は【淫魔】だった。
異性に近づき、自分と性交をしたくてたまらなくする異端者だ。
夢に介入し、理想の異性に化ける。
今回は、相手の理想の女性像を反映して化ける手法をとっていた。
性交した者は命を落とすことすらある。
友人から、聞いた異端者の情報からヴィルヘルムは興味を抱いた。
夢中にさせるならどのくらいの理想に近づけるのか。
だが、実際は違った。
見かけだけを似せても全く違う。
「違うから」
男はぽつりと呟いて背中を向けた。
もう売春婦に興味がなかった。
(椿の代わりにはなれない……)
内心、どこか安心した。
【淫魔】に誤魔化される程度の感情ではなかったことに。
同時に苦しさを募らせた。
「後は任せた」
部下たちに【淫魔】を任せて、男は――ヴィルヘルムは店を後にした。
入り口付近に、店の主人は複雑な表情でヴィルヘルムを睨みつけた。
「逃げるなよ。じきに、捜査が入る」
ヴィルヘルムは厳しく言い放った。
「奴隷売買と、異端者を使用しての金儲け……表と裏の法に従うことだ」
表の罪は奴隷売買――この国では奴隷制度は廃止されており、奴隷の売買、所持は禁止されている。
裏の罪は異端者を利用した悪事――異端者【淫魔】を使い、男を籠絡し金と命を絞り出した。これは、異端者の管理をする【銀十字】の管轄だ。
表の裁判が終われば次は【銀十字】の沙汰を受けることになる。
これに背くことは国家に歯向かうことと同義である。
「くそっ!」
ヴィルヘルムの宣言に、主人は悪態をついた。
ほどなくして、捜査員が店へ突入した。あまりの数に男はうなだれた。
観念するしかない。
ヴィルヘルムは店を出て、馬車を拾った。
暗い街道の中を走る馬車の中でヴィルヘルムは深くため息をついた。
無意識にジャケットの中から、薬包を取り出した。それを開いて中身を口にいれる。
水がなく苦味が口の中に広がる。
ヴィルヘルムは吐き出すことなく苦味の中、物思いに耽った。
「椿……」
口を開き、思わず読んだのは愛しい少女だ。
もう側にはいない。
今、馬車が向かう先に、甲斐甲斐しく待っている姿を見ることはできない。
自分から拒絶し、離れることを選んだ存在だ。
先程の【淫魔】に、あえて囮に名乗り出たのは彼女の術で椿の幻を見るためだ。
幻でも、触れられたらと思った。
その為に身を滅ぼしてみるのも悪くない。
だが、見せられたのは本物から程遠い。
あれに騙されて椿と呼ぶ気力は起きなかった。
名前を呼ばせてみたが、無理だった。
偽物を見ると、本物に会いたくなる。
同時に奥底に眠る本能が燻るのを感じた。
今飲んだのはクラウディオが作った薬だ。
1日2回の定期内服に、数回の頓服。
【人狼】としての本能を抑える為に必要なものだった。
頓服があるのはありがたい。
どうしても椿のことを思い出してしまう。
最後に別れた彼女は言っていた。
――あなたが、他の誰かを好きになってもお慕いしています。あなたの幸せを願って……
大粒の涙をこぼして言った内容をヴィルヘルムは苦々しく感じた。
「そんなことは起きない……」
今も、お前が好きでたまらない。
ヴィルヘルムは眉間に手を当てて、彼女の姿に恋焦がれた。




