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不老不死の魔女-Kamelie-(2026年9月21日完結予定)  作者: ariya
赤い川の狼

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9 人狼の花嫁


 古い記憶の中――誰の記憶だろう。

 

 

 牢屋が設えた部屋の中で、女性が歌を歌っていた。

 あの【人狼】の少年も実母の声には従順でおとなしい。

 

 何度目になるかわからないアルフレートの訪問に女性は笑顔で出迎えた。


 数年前は、かつての婚約者のこともわからなかったのが嘘のようだ。

 

 時間はだいぶ経過して、女性はようやく心を取り戻していた。


 アルフレートは困った表情で彼女に自分の周りのことを伝えた。


「兄が亡くなった……」

 

 アルフレートの兄は、ベルンハルト公爵家長子。次代の公爵であり、【銀十字】の責任者になる予定だった。

 女性の表情はわずかにかげった。

 

「お見舞い申し上げます」

 

 さらにアルフレートは報告する。


「私が、跡とりになることが決まりました」

 

 跡取りである兄が死んだことにより、席は弟の自分へと回ってくる。

 


「急ぎ都市へ戻るように言われました。以前のように、もうここにこれなくなってしまう」


「仕方ありません」


 女性は笑った。

 

 少し悲し気にみえたのはアルフレートの希望であっただろうか。

 

 前までは彼女は自分の許嫁であった。

 しかし、今はこの寂しい空間に放り込まれ人外の子の御守りをしている。

 彼女自身望んだことである。

 

「すみません」

 

 アルフレートの言葉に女性は首を横に振った。

 

「あなたは人外と交わった私でも構わないといってくれました。それを蹴ったのは私です。だから、あなたが謝る必要などありません」

 

 こほこほと女性はせき込む。

 

 我が子の面倒をみつつ、精神が病み、体も弱ってきている。


 もうあまり長くないと彼女は理解していた。

 

「だいぶあの子も人らしくなってきました。最近ではクラウディオにかみつかなくなったのですよ」


 アルフレートは部屋の奥で、すやすやと眠る子供をみた。

 銀色の髪をした美しい少年だった。

 

 はじめは獰猛な獣同然の子であったが、少しずつ人らしくなったという。


「あと数年で外に出られるかもしれない」


 女性は嬉しそうに笑った。同時に悲しげに翳りをみせた。


「それまで、私が生きていればいいのだけど……」


 アルフレートに言うのはあまりに残酷なことだ。

 だが、女性が頼れる存在はアルフレートだけだった。

 【人狼】の子を育てる狂人となった女性の話に耳を傾けてくれるのはアルフレート、そしてクラウディオだけだ。

 

「私がいなくなったらあの子は人として生きていけるのでしょうか」


 それが女性の気がかりであった。

 

 クラウディオがいてくれる。

 フローエ夫人も協力してくれる。

 贅沢なことだろう。

 

「私もいますよ」

 

 アルフレートの言葉に女性は目を揺らした。

 彼ならばそう言ってくれると思っていた。

 残酷な自分はそれを期待して言わせてしまった。


 もちろん、アルフレートもわかっている。

 わかっているから、女性が望むものを口にした。

 

「私はベルンハルト公爵家の当主になります。政府でも、【銀十字】でも強い立場を手に入れます。私があの子の後見になりましょう」

 

 そうすれば少しでもあの子供が生きやすいように道を作ってやれるだろう。


 そこまで話して、女性は涙をこぼした。

 

「私はあなたを裏切ったのに……」

 

 かつて恋人であり、許嫁であったというのに他の男――【人狼】とできた子をアルフレートは庇護してくれるという。

 それは女性にとって贅沢な苦しみである。

 女性の言葉にアルフレートは首を横に振る。

 

「私は裏切られたとは思っていません」

 

 そういうと彼女は悲し気に微笑んだ。

 アルフレートの優しさは、女性にとっての苦しみでもあり、希望でもあった。


 ◆◆◆

 

 目を覚ますと執務室でうたた寝をしていたようだ。


 時計をみるとまだ真夜中――朝の日はあがっていない。

 最近は仕事量が増えて、執務室に詰めている有様だった。

 

 視線をあげると部下の女性がじっとこちらを見つめていた。

 

「声をかけてくれればよかったのに」

 

「ええ、そうですね。寝るならベッドで寝てはいかがと言えばよかったです」

 

 エヴァはそういいながら書類をアルフレートに渡した。近隣の異形に関する報告であった。

 

「最近、妙に異形の動きが活発なような気がします。例の【吸血鬼】が国内に入り込んだせいでしょうかね」

 

 異端者事件の報告があればすぐに捜索隊を動かせる。


 だが件数が多くなってきており、【銀の騎士】、【狩人】たちを掛け持ちで働かせていた。

 

「もう少し人員が欲しいところ」


 エヴァはひとりごちた。

 

「すまない……もう少しすれば訓練中の者たちを配置させよう」

 

「ああ、こういう時にヴィル坊……ヴィルヘルムが里帰りから帰らないなんて」


 なんだかんだヴィルヘルムは有能だったというのをエヴァは認めていた。

 彼がいればもう少し負担が減らせたのだが。

 

「それはすまない。彼にはずっと働き詰めだったし、有給の際も働かせてしまったからね」

 

「彼が里帰りしてから一気に件数が増えていると言えば、吹っ飛んで帰ってくると思いますよ。そういう情報を遮断しちゃって」

 

「すまない」

 

 エヴァはため息をついた。


「はやめに彼を呼び戻してくださいよ」


 そう言い残して、エヴァは部屋を後にした。

 

 一人残ったアルフレートは苦い顔をした。

 先日届けられたクラウディオからの報告に困り果てていた。

 

 クラウディオが封印していたヴィルヘルムの【人狼】としての本能が出てしまったこと。

 

 今は隔離の部屋を使用している。

 かつて彼と母がいたあの牢屋の部屋である。

 

 だから、あの女性を思い出してしまったのだろう。

 かつては妻にと望んだあの美しい女性を。

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