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不老不死の魔女-Kamelie-(2026年9月21日完結予定)  作者: ariya
赤い川の狼

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8 飢えた心


 一通り語り終えたクラウディオはヴィルヘルムの方へ視線を移した。

 ヴィルヘルムはまだ座り込んで項垂れていた。


「ということさ」

 

 クラウディオから語られた話はまるでおとぎ話のような心地がした。


 ヴィルヘルムは青ざめた表情はまだ治らず、自身の手を見た。

 

「何故、俺は今……こうして」


 確かに自分が【人狼】だったことを忘れていた。

 何事もなく、血肉への渇望もなく過ごせていたはずだった。


 まだ口の中に血の感触が残っていた。

 甘く切ない、長らく欲していたもののように感じられて吐き気がした。


 気づいたクラウディオがヴィルヘルムに水が入ったコップを差し出した。ヴィルヘルムはそれで洗い流していく。

 

「トリガーに触れたのだろうね。椿と一緒に森の菜園へ行って何かみたの? 狼にでも出会ったのかい? ああ、でも今まで退治した異形の中に【人狼】もいたな……その時は何もなかったよね」

 

 トリガーと言われてもすぐに思いつかない。

 菜園で椿と昔の話をして、椿が怪我をして手当を簡単にした。


「……椿の血を吸った」


 ようやくヴィルヘルムはトリガーを思い出した。

 

「椿の血……そうか。うん、あのレポートもあながち間違いではなかったのか」


「レポート?」

  

 はじめて聞く情報にヴィルヘルムは首を傾げた。

 

「今日、検査データが届いていたんだ。前の検査入院で椿は何度か採血していて……研究の結果、椿の血に微生物が見つかった」

 

「微生物?」

 

「その物質は【吸血鬼】の血を活性化させた。【吸血鬼】だけじゃない。他の異端者の血も……活性化させた」


 ヴィルヘルムは呆然と情報を頭の中で処理した。

 にわかには信じがたいが、椿の血を飲んでから自分はおかしくなった。


「俺は……椿の血で、自分の中の【人狼】の血が呼び戻された」

 

「そういうこと」


 思ったよりも事実を受け止めるヴィルヘルムにクラウディオは深くため息をついた。


「まさか僕の長年の苦労をここまでふいにしてしまうなんて……椿の血はすごいな」


 すぐにクラウディオは首を横に振った。

 ヴィルヘルムがじとっとクラウディオを睨んだ。


「今の言葉は彼女には言わないよ。言ったらあの子自分を責めるからね……伝える時は言葉を選ぶよ」


 それを聞いてヴィルヘルムの厳しい表情は解かれた。


「でも今回の件でようやく理解したよ」

 

 クラウディオは困ったように呟いた。

 

「シェートンの話では例の【吸血鬼】……ブラウペルレで椿を襲った【吸血鬼】は彼女の血に惹かれていたのだろう。そして、今君も……」

 

 はじめて椿と出会った時を思い出す。

 

 異形と戦っている最中に自分をかばった彼女の姿を。

 血をたくさん流していたあの姿から強く彼女の姿が頭に刻み込まれたのを覚えている。


 それにヴィルヘルムは苦悶の表情を浮かべた。

 

「じゃあ、俺は……椿の血にずっと惹かれていたのか」

 

「可能性は否定しないね」

 

 クラウディオは冷たく言い放った。

 ヴィルヘルムは茫然と彼を見つめた。

 

「ここで何と言って欲しかったのかな。そんなことないよ、君の愛は本物だよって……でも、君はあの子の首筋に牙を」

 

「やめろっ!」

 

 ヴィルヘルムはクッションをクラウディオに投げつけた。

 クラウディオは顔にクッションが直撃しても表情を崩さない。いつもの軽い調子は見当たらなかった。

 

「選ぶんだよ。ヴィルヘルム」

 

 クラウディオはヴィルヘルムを見下ろしていった。

 

「君はどうしたい? このまま【人狼】としての本能を放置していればずっと幽閉されたまま……いずれは処分されるだろう。公爵もさすがに庇いきれない。でもそれは嫌だろう」

 

 人間として生きてきた記憶は十分にある。

 もとの生活に戻れるのであればそれに執着したい。

 

「君はまだ無力な人を殺していない。今なら間に合うだろう。僕がそのために君にまた秘術を施そう」


「できるのか?」

 

「君自身の本能をまた奥へと追いやって眠ってもらう。少し時間はかかるができないことはない」

 

「それで……頼む」

 

 元の生活に戻りたい。

 ヴィルヘルムは願った。

 

「では、もうひとつ。椿はどうしようか?」


 一番苦しい議題を出されてヴィルヘルムは苦しむ。


「また血に触れればまた戻っちゃうし……隔離するのが一番だ。その場合は心配はない。僕があの子を守るから、君は安心して元の生活に戻ればいい」

 

「俺は……」

 

 口の中の感触を思い出す。

 先ほど椿の首筋に歯をあて、血を飲んだ時からだが満たされていくのを感じた。

 もっと飲みたいと執着してしまう。


 椿の泣き顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 好きでたまらないのに、自分の牙が彼女を傷つけてしまった。

 また、いつ暴走するかわからない。


 自分はいつでも彼女の加害者になってしまうという事実が深くヴィルヘルムの心を抉った。

 

「椿を俺から隔離してほしい」

 

 のどが引き裂かれそうに痛む。

 だが、それを口にした。


 クラウディオは何度目かになるため息をついた。

 これが今の最善なのだと再確認した。

 

「んじゃ、頑張って治療を続行しようか。しばらくは見張りと会話するのも禁止だからね」

 

 準備してくると、クラウディオは鉄格子の外へと出た。

 

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