5 本能のままに
クラウディオは彼の衣類を脱がせた。
上体には数字と幾何学の文様が描かれている。
うっすらと薄いそれにクラウディオは手をかざし詠唱を唱えた。
そうすると文様はくっきりと濃くなっていく。
「さて、どうしたものか。明日には間に合わない……椿にどう説明しようか」
クラウディオは頭を抱えながら椿の部屋へ訪れた。
「クラウディオ様! ヴィル様は大丈夫ですか?」
部屋から飛び出して椿は必死に尋ねる。
待っている間どれだけ不安だったか想像できてしまう。
ヴィルヘルムと椿、できれば一緒にいてほしかった。
クラウディオは思いついた説明を伝えた。
「彼は疲労で倒れてしまって、安静にしている」
「そんなに疲れていたなんて……ヴィル様に会わせてください」
彼女は当然願うが、クラウディオは首を横に振った。
「今の彼は情けない状態になっている。絶対椿にはみられたくないと駄々をこねているからここはおとなしく待とう」
何度か説得して、ようやく椿は頷いてくれた。
◆◆◆
ヴィルヘルムが療養に入ってから、椿は心配でたまらなかった。
寝不足気味で、ただ待つのは気が滅入る。
「椿、大丈夫?」
勉強の最中、マリアは椿を見つめてきた。
「大丈夫です」
マリアが勉強の相手をしてくれて、少しは気がまぎれた。
微笑む椿を見つめてマリアは考える。
「……なんだか眠くなったわ」
そう言いながらマリアは椿の手を引いてベッドへ向かった。
「お昼寝、しましょう?」
マリアは椿をベッドに寝かせた。
「いえ、私は眠くなくて……マリア様が眠いならお部屋に送ります」
「だめよ。そこまで絶えられない。今寝ないと……」
マリアはごろんと椿の横に転がった。
「一緒に昼寝しましょう」
悪戯げに笑うマリアは、椿の手を握った。
椿をベッドから逃す気はないのだろう。
夜に眠れない椿を気遣ってくれたのだ。
不思議と眠気が訪れて椿は瞼を閉ざす。
にゃー……
その様子を白猫ビアンカは見て、あふっとあくびをした。鈴を鳴らしてベッドへあがり2人に寄り添って眠りについた。
ビアンカを通してみた椿の様子に、クラウディオは安心した。
(椿はマリアに任せるのがいいみたいだ)
クラウディオはヴィルヘルムの療養の部屋につきっきりであった。
食事も隣の部屋でとり、薬の調合をし、ヴィルヘルムの容態を確認する日々が続いた。
薬の影響でヴィルヘルムは意識が混濁し、ぼんやりとしていた。
少し意識を戻してやると、大丈夫なようにみえて危うい。
「これでは椿に会わせられないな」
頭をかきながら、クラウディオは別の手法を模索していた。
◆◆◆
良い匂いがする。
甘くて切なくて……狂おしい程欲しくてたまらない。
目を開くと真っ暗な部屋でぼんやりとしていた。
まさか、この部屋にまたいることになるとは思わなかった。
幼少時、母とともに入っていた療養の部屋である。
母は精神を病んでいて、決して自分を手放すことはしなかった。
――可愛いヴィル。どうか言うことを聞いてくれ。
母の口癖だった。
困り果てた周りは仕方ないと母子ともに療養の部屋へ入れて世話をすることになった。
毎晩母は自分のために子守唄を歌ってくれていたのを思い出す。
どうして自分はこの部屋に入っているのだろうか。
もう母はいないのに。
起き上がりかすかに香るおいしそうな匂いがした。
そういえばまだ何も食べていなかったな。
俺はゆっくりと格子の方へと近づいた。
「誰か、いないのか?」
別の場所から使用人らしき者が怯えながら中の様子を覗いてくる。
変だな。もう病気だった母はいないのに。なんでそんなに怯えているのだ?
「ヴィルヘルム様……もう、大丈夫なのですね?」
いくつか話していくと警戒が少しずつ取れていく。
「ここから出してくれ」
「それはできませんっ。クラウディオ様の指示で」
クラウディオか。何故、クラウディオが俺をここへ閉じ込めるかは後で問い詰めるとしよう。
ここから出してはくれなさそうだ。
ではせめてこの匂いの元を思い出そう。
今すぐに会いたいというと、困ったように「会うだけであれば……」と使用人は呼びに行ってくれた。
ああ、早く呼んでほしい。
早く会いたい。
早く触れたい。
早く食べたいんだ。椿。




