3 ヴィルの過去
館に戻った後クラウディオが椿の傷跡をみてくれた。
すでに傷は消えていた為、処置はそれほど必要なかった。
「問題なさそうだね」
「すみません」
「いいよ。それより、今日はどこまで行ってきたんだい?」
クラウディオは薬を片付けながら質問した。
「あ、はい……ヴィル様が昔世話をしていた菜園まで行きました」
「懐かしい」
クラウディオは目を細めて昔に思いを馳せた。
「ヴィルてば、僕が教えるといっても聞かないでいっつも苗をだめにしていったなぁ」
クラウディオは肩を振るわせて思い出し笑いをした。
「ヴィル様が、クラウディオ様の助言に耳を貸さなかったのですか」
椿は意外に感じた。
ヴィルヘルムはクラウディオに対して悪態はつくもが、知識については信頼していた。
こうして椿の身体についても頼むことが多い。
「昔のヴィルってさ、何ていうのかな。手負いの獣みたいで他人を信用しないところがあったんだ。アルベルトに対しても……」
だからクラウディオが招聘されたのだ。
ヴィルヘルムの養育に関わるために。
「椿に対しては結構恰好つけな部分あるけど、君に会う前はつんけんとしていて人が近づいてくるのは嫌がっていたな」
クラウディオはそのまま昔話を始めた。
「だいぶ社交辞令を身に着けていたけど……ああ、でも女性に対してはひどい物だった」
「まぁ」
「椿がはじめてだったよ。あんなに傍にいるのをよしとしているのは。よっぽど彼は君に惹かれたのだろう」
椿は頬を赤くして、しばらくしたあとにしゅんとなった。
浮かれてしまって申し訳なかったと言わんばかりに。
どうしたのと問われると困ったように笑った。
「ヴィル様が私と一緒になるために家を出ると」
「そうだね」
軽い返しに椿はどう言えばいいか悩んだ。
椿も国は違えど身分ある家の生まれであった。
貴族にとって家というものが、血筋がどういったものかはわかるつもりだ。
「大丈夫だよ。ヴィルはもう大人だし、何気に味方がいるからね。フローエ夫人がいるし、ベルンハルト公爵もいる、僕もいる」
仮にヴィルヘルムが家を出たとしてもベルンハルト公爵が彼を庇護するだろう。
勘当したといってもエーデルシュタイン家がヴィルヘルムをどうこうすることはできない。
失職させることはないだろう。
ベルンハルトの方が家格としては上なのだ。
「ベルンハルト公爵が……」
ヴィルヘルムにとって忠義を抱く相手だというのは知っていたが、公爵がヴィルヘルムにそこまでよくしてくれるとは思わなった。
「実はね、ベルンハルト公爵はヴィルを養子にするという話もあったのだよ」
椿は驚いた。
それは初耳だ。
「何というか、幼少時ヴィルヘルムの生家での過ごし方を目の当たりにして……俺は、元々ベルンハルト公爵家でヴィルヘルムを養育する予定で呼ばれていた」
「公爵がそこまでしてくださるなんて」
「まぁ、元々ヴィルの母親は公爵と結ばれる予定だったしね」
椿はますます目を丸くした。
(つまり、先代の伯爵夫人よね)
「うーん、これ以上はヴィルの許可がないと言えないなぁ」
その先のことが知りたいが、椿はすぐに欲を抑えた。
彼がいないところで彼の出自について聞くのはよくない。
「いつか教えていただきたいです。ヴィル様から」
「そうだねぇ……ヴィルにその気があればいいのだけど」
慌ただしいノックの音がした。
クラウディオが声をかけると、扉が乱暴に開かれた。
血相をかえて使用人がクラウディオを当主の執務室へ来るように言う。
「一体どうしたのだい?」
当主の執務室には今はアルベルトとヴィルヘルムがいる。
おそらく椿との婚約で喧嘩にでもなったか。
「それがヴィルヘルム様が突然……暴れだして、来てください」
涙ながらに震える声にクラウディオは顔色を変えた。
ヴィルヘルムに何かあったのかと、椿も立ち上がる。
「椿はここで待っててね」
クラウディオは留めた。
「ですが」
「大丈夫だから。あとで教えるから……ね」
クラウディオは椿にとにかくここで待機してほしいと願った。
彼の表情は先ほどまでの穏やかなものではなかった。静かに、少し怯えている様子だった。
使用人の顔色をみてここで彼を止めるようなことはしてはならない。
ここはおとなしくしておいた方がよさそうだ。
椿は一歩引いた。
「わかりました」
「ああ……」
そういいクラウディオは部屋を出た。
「椿が部屋を出ないように見張っておいて」
通りがかりのメイドにクラウディオは声をかけた。
メイドは言われるままに椿の元へ訪れた。
部屋に残された椿はソファの上に腰をかけていた。静かに、不安な表情で両手を握りしめた。




