15 鼓動
ヴィルヘルムは【銀十字】の地方支部から来てもらった馬車に奴隷商人を放り込み、連行した。
本部にこの男の処遇について依頼する予定である。いろいろ手続きを済ませた後に実家へと戻った。
(クラウディオが必要なものを用意してくれたから、そこまで時間はかからなかったな)
軽口の絶えない男であるがヴィルヘルムにとって必要なものは事前に用意してくれる。
帰りはクラウディオが迎えにきて、一緒に馬車の中で揺られていた。
馬車内でマリアが戻ってきた後の話を聞かされた。
アルベルトはなおも椿のことをヴィルヘルムの許嫁としては認めていないようだ。
「どうする?」
「どうするもこうするも……俺がエーデルシュタイン家を出ればいいだけだ」
はじめから予想していたことだ。
「そう簡単にいうけどあの頭固いお兄さんはそれも認めないと思うけどな。椿も嫌がると思うよ」
「お前は俺にどうして欲しいんだ」
何かとつっかるクラウディオにヴィルヘルムはため息まじりで質問した。
それにクラウディオは拗ねたように横を向く。
「別に……椿と幸せになってほしい」
クラウディオのあっさりとした答えにヴィルヘルムは眉間に皺を寄せた。
「俺は、椿を幸せにできるのだろうか」
つい弱気になってしまう。
彼女の生い立ちを考えると自分の人生はあまりに短すぎる。
相手の業を果たして自分は理解して受け止められるだろうか。
「あ、自信ないの? じゃあ、僕がもらおうかな」
横を向いていたクラウディオは調子よいことを口にした。
「譲る気はない」
ヴィルヘルムは窓の外をみた。
馬車は屋敷の敷地内へ入り、見覚えある庭園が視界に映ってくる。
建物の入り口前まで馬車が向かう間、ふとヴィルヘルムはそわそわし始めた。
その様子にクラウディオは困ったように笑った。
馬車の扉が開き、ヴィルヘルムは急ぎ降りる。
「おかえりなさいませ」
家の扉前に椿が待っていた。
夜は冷え込むというのに上着を羽織らずに。
「何をしている」
ヴィルヘルムは叱責して、彼女に上着を着せた。
触れると冷たい肌でヴィルヘルムは屋敷の使用人に温かい飲み物を部屋に届けるように言う。
「ヴィルヘルム様、旦那様がお待ちです」
周りの声も後回しにヴィルヘルムは椿を部屋へと連れ込んだ。
椿の部屋では暖炉はくべられておらず、ヴィルヘルムは薪を確認して火をつけた。
「全く、客室の火を用意しないなど」
後で文句を言ってやるとヴィルヘルムは暖炉の火を確認する。
「あの、ヴィル様のお部屋はきちんと温まっております。ここはよいので、ヴィル様はご自身のお部屋へ」
「では、お前も来い」
椿はこくりと頷きヴィルヘルムと共に彼の部屋へと入った。
椿の言う通り彼が帰るころ合いを見計らって火がともされていたようである。随分と温かい。
ヴィルヘルムは長椅子に腰をかけ椿に横に座るように言った。
椿は横に座り、ヴィルヘルムは彼女の肩を引き寄せた。
「あの……」
「これからあの商人から聞いた話を話す。お前のことだからお前も知るべきだろう」
椿は黙ってヴィルヘルムの説明を聞いた。
「私、そこまで大した価値があるとは思いませんが……」
アルブシルヴィウスの【吸血鬼】が自分を高額で求めているなど思いもしなかった。
「それでも奴らは価値があるとみなしているようだ」
ヴィルヘルムはじっと椿を見つめた。
「俺はお前に傍にいてほしい。だから、お前を狙う奴らが諦めない限り俺は奴らと戦うことにした」
もう少し【銀十字】で情報を集めてみよう。
改めてアルブシルヴィウスのことを学ぼうと思う。
「遠くへ、行かれるのですか?」
「いや、お前をどうしたら守れるか勉強していこうと思っているだけだ」
シェートンが戻ってくれば、彼からいろいろと情報を聞き出す予定だ。
「ヴィル様には危険な目に遭ってほしくありません。いざとなれば私を手放してください」
「だめだ」
ヴィルヘルムは強く椿を抱きしめた。
「俺の傍にいてくれ。どんなことがあっても離れないで……奴らの元へ行くな」
椿は彼の胸元に耳をよせた。
とくんと心臓の音がしてひどく落ち着いた。




