13 事件の終わり
エーデルシュタイン邸に戻った時、アルベルトは愛娘の帰りを喜んだ。
「さぁ、疲れただろう。今日はゆっくりと休みなさい」
「いいえ、お父様。私はここで言わなければなりません」
マリアは家長の部屋で集められている数人の使用人と椿、クラウディオ、父親を前に告白した。
「私が椿を奴隷商人に誘拐させようと思いました」
その言葉にアルベルトは困惑した。
しかし、マリアの様子から彼女の話を聞かなければならないと思った。
「私、許せなかった」
マリアはぽつりと呟いた。
「東海のどこの馬の骨ともわからない女がお兄様の花嫁になるなんて……おこがましいと思ったの。きっとあなたがいなくなればお兄様も目を覚ますと思って」
だが、奴隷商人はマリアを誘拐した。
「奴隷商人は元から椿を狙っていたの。でも、私を間違えて誘拐して……」
「いや、待ちなさい」
アルベルトはマリアの話を中断した。
「いくらなんでもおかしい……マリアと椿さんを間違えるなどありえないだろう」
肌の色も、髪の色も異なり間違いようはないはず。
同席している使用人たちも考えは同じであった。
その答えをマリアは言った。
「私もはじめは怒ったわ。でも、後からわかったけど誘拐男は人間じゃなかったの」
その言葉にアルベルトはクラウディオの方をみた。
信じられないという表情であった。
「マリアの言っていることは本当だよ。あれはゴーレム……という土の人形だった。かなり古いデザインだったし、人間の特徴を見分けるのは厳しかったようだ」
魔法使いのクラウディオがそういうのであれば間違いないのだろう。
「それで、あいつらは私を餌にして椿を取り押さえようとした。私は……、用済みになってもどうなっていたかわからないわ」
マリアは青ざめた。
奴隷商人は、マリアに恐怖を植え付けて物色していた。あと数年すれば……という言葉を聞いて、それがどういう意味か理解したときは吐き気を覚えた。
元々誘拐犯――奴隷商人たちは手紙の約束など守る気はなかった。
「……私、知らなかった。奴隷がどんな目に遭っているか」
地下牢には自分より少し年上の若い娘がいた。
彼女はぼんやりとしていてマリアがいくら話しかけても返事をしなかった。だが、商人の男たちが来るとひどく怯えて、彼らに従順に体を差し出していた。
その様子はあまりにおぞましくて言葉にするのも恐ろしい。
マリアは涙を浮かべた。
「マリア様」
椿はマリアの肩に触れた。
マリアは潤んだ瞳で椿を見上げた。
「あんな目に遭うなんて……私知らなかった。椿をあんな目に遭うように仕向けたなんて、私とてもひどいことをしたわ」
奴隷はただ使用人のように扱われるだけだと思っていた。
だが、そこにあったのは物のような扱い。
男の欲をみたす道具であった。
綺麗な世界しか知らないマリアにとってはあまりに衝撃的なものだった。
「でも、椿は私を責めることはしなかったわ。自分を犠牲に、私を助けようと動いてくれたの」
椿はマリアを責めず、足のまめの痛みを気遣い、背負ってくれた。
椿を地獄へ叩き落とそうとしたマリアを。
優しくて、お人好しで、怖がりな癖に前へ出ようとする危うい存在だ。
そうした椿を目の当たりにして、マリアは自分の小ささを恥じ行った。
「ごめんなさい。椿……ごめんなさい」
マリアは椿に改めて謝罪を述べた。
彼女の足が震えていた。許されないことだと心からわかっているのだ。
それを見て椿は胸を痛めて、マリアの涙を拭ってやる。
「娘の無礼に関しては私も謝罪すべきだろう。すまなかった……そして、ありがとう」
アルベルトはマリアの傍に寄り添い、椿に謝罪とマリアの為に動いてくれたことに感謝を述べた。
「でも、ヴィルヘルムとの関係は認めないんだよねぇ」
水を差すように、クラウディオが言った。
「クラウディオ様。それは別の話です」
椿は眉間に皺を寄せてたしなめた。
クラウディオは椿の肩を抱きぶつくさと呟いた。
「そんなこと、ここで問答しても仕方ありません。今はマリア様の心の傷を癒すことが先です」
「椿も十分傷ついたじゃないか」
ぷいっとクラウディオは子供のように拗ねた。
椿としてはマリアが帰れたことに満足した。
今はマリアの椿に対する敵意が消えただけでも良い。
あとはヴィルヘルムの帰りを待とう。




