11 土の人形
クラウディオが椿とマリアを連れて行った後、残されたヴィルヘルムは誘拐犯と対峙していた。
既に誘拐犯の部下たちは巨大猫にいいように押さえつけられている。
にゃー……
野太い猫の呑気な鳴き声が響いてくる。
巨大猫ビアンカのおかげでヴィルヘルムはリーダー格の男に集中できた。
「これはエーデルシュタイン家の御曹司ではないですか」
ごきげんようというリーダー格の男は挨拶をした。
ヴィルヘルムは眉を動かさず冷然と彼を見つめた。
「お前……椿を東海から誘拐した奴らの仲間か」
男は笑った。特に否定しなかった。
何かしらの繋がりがあると示唆していた。
どうにも男は一言、二言ヴィルヘルムに言いたかったようだ。
「先日はどうも……あなたに商品のほとんどを押収されて、損をこうむりました。一番の目玉だった【不老不死の魔女】を奪われてお得意様からの商談はなくなり困り果てていました……」
男が悠長に語ってくれる。
「エーデルシュタイン家の御曹司が東海の民を連れているという噂を聞きつけて、例の【不老不死の魔女】だとすぐにわかりました。だから我々は活動地をロートバッハに移しました」
「いずれは俺が椿を連れて故郷へ帰ると見越していたのか」
ヴィルヘルムは奴隷商人の執拗さに呆れ果てた。
幸いなのは兄が奴隷制度に対して否定的な見方をしていることだ。おかげでエーデルシュタイン伯爵領では細々とした活動だったようだ。
「なぜそこまで椿を欲しがる」
ヴィルヘルムとしては理解できなかった。
彼らが椿を誘拐しなければ、椿に出会うことはなかっただろう。
だが、椿が深い傷を負った。
その内容を想像するだけで腹の底から湧き上がる怒りを感じた。
奴隷商人は静かに答えた。
「アルブシルヴィウスの民」
その名前を聞いてヴィルヘルムは震えた。
「【銀十字】の者であれば存じているでしょう」
アルブシルヴィウス。――未だに閉ざされた雪山の【吸血鬼】の集落。
「あの一族は定期的に奴隷を購入してくれます。かなりの高額で……最近は東海人が人気でした」
知りたくない情報をつらつらと男は語った。
「特にあの娘は【不老不死の魔女】……その血はどれだけ特別だろうと、【吸血鬼】は強い関心を示していた」
「椿をアルブシルヴィウスの【吸血鬼】に売りさばくのか」
ヴィルヘルムの声がだんだん大きく、震えていた。
それだけ彼にとって椿が大事な存在かと感じ、奴隷商人はからかうように続けた。
「彼らは金回りがいい。お好みの民、異端者を確保できれば高額で購入していただける。必要に合わせて戦力も補充してくれる……このようにね」
奴隷商人は懐から紙を取り出した。
目を凝らすと古代語が刻み込まれていた。
【スクロール】――【魔法使い】が作り出した巻物だ。それを消費することで擬似的に魔法を発動できる。
奴隷商人は【スクロール】を派手に破り呪文を唱えた。
しばらくして白い獣が大きく嘶いた。
「どうした? ……っ!!」
今まで巨大猫に遊ばれていた男たちから、めきめきと音が響いてくる。
それは人間の体から出る音ではなかった。
不気味な、骨がくだけるような、擦れ合うような音で聞いているだけで気分が悪くなる。
男たちの体は、さらに大きくなっていく。
「化け物だ!!」
他の男たちは知らなかった様子で、仲間の豹変に怯えて慌てて逃げ出してしまった。
残された2人、いや2体はどんどん豹変していく。
その皮膚は岩のようにごつごつとして、男たちは冷たい視線でヴィルヘルムを見下ろした。
◆◆◆
「あれは!!」
馬車に乗ろうとした椿は、後ろを確認して悲鳴をあげた。
そこにいるのは人間ではなく化け物であった。
岩肌からのぞく口らしき場所から大きな牙が見えた。
あんなものに噛まれればひとたまりもない。
「ヴィル様っ!」
椿は車から降り、ヴィルヘルムの方へ向かおうとした。
それをクラウディオが止める。
「だめだよ。今は危ない」
「ですが、あれは……」
椿は不安そうに敵の巨体を見た。
岩のようにごつごつとした巨躯、太い腕――殴られれば生きていられるか。
クラウディオもまずいと感じているのか苦笑いしていた。
「そうだね。ヴィルの手にはちょっと余る。君たちはここでおとなしくして」
クラウディオは椿を車に乗せ、ヴィルヘルムの元へ走った。




