9 謝罪
椿の背中越しでマリアは自嘲気味に笑った。
「私から行きましょうと言ったのに、ださいわね」
貴族令嬢のマリアは長時間歩くことはしない。
せいぜい馬に乗るか、馬車移動がメインだったため足がこんなに早く潰れるとは思わなかった。
「どうして、外に出ようと? 怖くなかったのですか?」
椿は歩きながら、ふとした疑問を投げかけた。
「クラウディオ様なら何とかしてくれると思ったの……あの人は【魔法使い】だから」
「【魔法使い】?」
初めて聞く単語である。
「そうよ。はじめて出会ったのは私が3つの頃……」
マリアは昔語りをはじめた。
「お父様から教えてもらったの。彼はヴィルお兄様の為に異国から呼び寄せられた【魔法使い】だと」
クラウディオの話を思い出す。
確か、彼はヴィルヘルムの客人という待遇であった。ヴィルヘルムの近くで過ごす必要があると初めて出会った時にそれとなく教えられた。
どうして。
椿は無意識に質問した。
「どうして……呼ばれたのでしょうか」
「お兄様は悪い【魔法使い】に呪いをかけられていたの」
マリア自身生まれる前のことであったがヴィルヘルムはあの屋敷の離れで療養をとらされていた。
悪い【魔法使い】に呪いにかけられて、彼は普通の生活ができなくなっていた。
「お父様もおじい様も頭を抱えて……【銀十字】のつてを頼り、来てもらったのは異国の【魔法使い】――それがクラウディオ様だった」
クラウディオにみてもらってからヴィルヘルムの呪いは薄れていき通常の生活を送れるようになった。
でも、いつ再発するかわからない。
クラウディオは後遺症のケアも兼ねてヴィルヘルムの側で過ごすことになった。
ヴィルヘルムが王都の館を購入した後も、その館に居座っていた。
「あれ、ですが……以前クラウディオ様は女性の扱いに不慣れなヴィル様の為に呼び寄せたと」
以前フローエ夫人が言っていたような気がする。
「それもあるわ。ヴィルお兄様ってば、長らく隔離生活していたから社交界での言動があまりにあれでね」
終始ぶっきらぼう、女性に対して冷たくフォローもしない。
エーデルシュタイン伯爵家の力と、天性の美貌がなければ社交界のつまはじきものであった。
「見かねたフローエおば様が、クラウディオ様に家庭教師の役目を与えたの。陽気なユリアン国の男だし、堅いヴィルお兄様にはちょうどいいって」
確かにちょうどいいかもしれない。
はじめて出会ったヴィルヘルムは無表情で怒っているようにみえて怖かった。
すぐ側にいるクラウディオがフォローにまわっていて良い緩衝材になったと思う。
「そうでしたか」
もしかすると自分が会った頃はあれでも軟化していたのかもしれない。
思わず頬が緩んでしまった。
「私、クラウディオ様の魔法を何度かみたことがあるの。とっても素敵だったわ……確かに、あの人だったら悪い魔法も解いてくださるでしょうと納得したわ」
だから白い猫がクラウディオの使い魔だと知ってマリアは恐れず猫の指示に従ったのだ。
クラウディオの思い出話に目を輝かせていたが、ふっと表情が暗くなるのを肩越しで感じた。
「マリア様?」
「きっとクラウディオ様、私のことを幻滅してしまったでしょう」
「………」
「あなたのことをたいそう気に入っていたもの。私のことは見捨ててしまえと思ったでしょう」
それに関して椿はどう返事すればいいかわからなかった。
実際、クラウディオはマリアを助ける為に協力してほしいという願いを跳ね除けてしまえと言っていた。
マリアを見捨ててもいいと言わんばかりの言葉で、いつも優しいクラウディオから想像できない程であった。
マリアの感情の矛先が自分の方へ向けられる。
「あなたも思っているでしょう。どうして私なんか背負っているのだろうと」
「いいえ、私はただ……」
椿は言葉を探した。
こういう時何を言えばいいのか丁度良い慰めは思い至らない。
「あなたが怖い目から早く解放されればと思っていました」
ぎこちない言葉――理由であった。
これが椿が言える精一杯であった。
「怖いのは嫌ですから」
マリアはじっと椿を見つめた。
「ごめんなさい」
小さく、ようやく絞り出した言葉である。
その言葉を受け取り椿はようやく心が軽くなるのを感じた。
これほど心こもった謝罪を受け取れただけで十分だった。




