7 苛立ち
椿は朝起きて身支度をした。
衣装はエヴァが用意してくれた深緑色の服であった。
はじめは着付け方に苦労したが今は何とか着れるようになった。
身支度を済ませキッチンへ向かった。
「おはようございます。ヨーゼフさん」
挨拶すると朝ごはんの準備をしていたヨーゼフはにこりと微笑んで挨拶をした。
「何か手伝うことはありますか?」
「ありがとうございます。椿様は大事な客人なのでその必要はありません」
丁寧に断られて、椿は少し不満そうにした。
「ですが、私はこうしてこの家に厄介になっています。何もしないというわけにはいきません。何でもいいので手伝わせて下さい」
なかなかキッチンを離れない椿にヨーゼフはうーんと悩んだ。
何とか探し出して、椿に食器が置かれた荷台を示した。
「これをテーブルの方へ行き並べてください。並べる順番は覚えていますね」
「はい」
椿は嬉しそうに食器をダイニングへ運んだ。
彼女の満足した様子にヨーゼフは微笑んだ。
食事が出来上がり、ヨーゼフがダイニングに運んでいると椿は悩んだように二つの食器を見つめた。
フォークの種類をどう並べればいいのか悩んでいるようである。
「椿様、これはこのように」
ヨーゼフはそう言いフォークを並べた。
「すみません」
任された仕事であるのに満足にできなかった。
椿は落ち込んでしまった。
「いえいえ、よく似ているから難しかったでしょう。手伝ってくださりありがとうございました。さぁ、椅子におかけになってください」
そう言われ椿は椅子に腰をかけた。
「おはようございます。旦那様」
ヨーゼフはダイニングに現れた主人に挨拶をした。
椿も慌てて立ちあがって挨拶をしようとしたが、動いた椅子が大きな音を立てヴィルヘルムは眉を顰めた。
「突然立ち上がるな」
行儀が悪いと叱りつけ、椅子に座るように言った。
椿は顔を赤くして、しゅんとなり、椅子に大人しくした。
かちゃかちゃと音しかない朝食であった。
椿は重苦しい雰囲気になかなか話ができずにいた。
いつもならばクラウディオがいてそれで明るい雰囲気になるというのに。
昨夜から彼は泊まりで外出中であった。
「……」
ヴィルヘルムは食事を済ませ立ちあがった。
椿は顔をあげて、何か言いたそうにする。
しかし、声にならずヴィルヘルムは消えてしまった。
「椿様、コーヒーでございます」
ヨーゼフは椿の前の食後のコーヒーを差し出した。
苦味の強い飲み物であるが、香りは気に入っていた。
「あの、今日のヴィル様の予定は」
「外出の予定はございません。ですので、書斎でデスクワークを行うのでしょう」
「昨日もなさっていましたが……」
「この屋敷の主として、貴族としていろいろすることはあるのです」
ヨーゼフは穏やかに説明した。
「あんなに朝から晩まで働きづめではお体に障ります」
「そうですね。ですが、ヴィル様は頑固な方ですから簡単には直されないのですよ」
椿は昨日の仕事中のぴりぴりした様子のヴィルヘルムを思い出した。
あれではいつか過労で倒れてしまう。
椿はうーんと思い悩んだ。
何かできることはないだろうか。
「そう言えば……」
椿は思い出したように呟いた。
まだ、彼にお礼を言っていなかった。
◆◆◆
昼近くの頃合いになり、ヴィルヘルムの書斎に椿が現れた。
「何の用だ?」
「あの、お茶をお持ちしました」
椿は緊張しながらそう伝えた。
盆には確かにお茶と菓子が乗せられていた。
椿はささっと書斎の中にあるテーブルの上にそれを置いた。
「あの、少し休まれませんか?」
「構うな」
ヴィルヘルムはそう切り捨てて椿は困ったように俯いた。
ここで立ち退くわけにはいかない。
お茶を入れて、改めてお礼を言わなければいけない。
(じゃないといつまで経っても話せないままだわ)
今日は話の緩衝材になってくれるクラウディオがいない。
不安であるが、いつまでもクラウディオに頼るわけにはいかない。
「ええっと、あの……」
なかなか切り出せず椿はお茶をティーカップに注いだ。
ぎこちない動作であるが溢さないようにゆっくりと満たしていく。
「何か言いたいことがあるのか」
ヴィルヘルムは書類から顔をあげて椿をにらんだ。
その厳しい目に椿は口をつぐみ、たじろいだ。
「お前の面倒はクラウディオとヨーゼフに任せてある。必要なものがあれば用意してやる。だから、俺の仕事の邪魔はするな」
邪魔をするな。
その言葉が重くのしかかる。
「あ……す、すみません」
椿は俯いてそう言い書斎を後にした。
ヴィルヘルムははあっとため息をついた。
「あれでも俺よりずっと年上で……三ケタもあるんだろう」
いつも構っているクラウディオがいなくて、お互いうまく接せられずにいることにヴィルヘルムは苛立ちを覚えた。
「幼すぎないか?」
見た目通りの雰囲気と喋り方しかできない椿にヴィルヘルムは呆れたように呟いた。




